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ひとインタビュー特別編 落語界を支えた名人の心意気 三遊亭円楽さん

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三遊亭円楽さん

三遊亭円楽さん プロフィール

1933年、浅草生まれ。三遊亭円生に弟子入りし、62年、真打ちに昇進。落語協会分裂の際には師匠とともに、落語三遊会(現・円楽一門会)を創設。国民的演芸番組「笑点」(日本テレビ系)の司会者でおなじみ。2月の「国立名人会」の高座後に引退を表明。

脳梗塞(こうそく)に倒れたのち、進退を懸けてのぞんだ「国立名人会」で披露した十八「芝浜」の出来に納得できず、引退を表明した三遊亭円楽さん。

昭和・平成の落語を支えた第一人者が、自身の落語人生をふり返り、現在の心境を語った。

死を平常心で受け止める
親父がくれた最高の遺言

自分が上手(うま)くしゃべれないとわかったときは、どん底に落ちた気分でした。でも現在は肩の荷がおりて、楽になりましたね。「得意平然、失意泰然」が私の座右の銘ですから、平常心で死を迎えるとでもいうのかな。死を覚悟する心意気があれば、どんなことだって乗り越えられるのです。

私の人生観は、父に教えられたものです。幼いころから「死に恐怖心を覚えるな」と言われ続けましてね。当時は戦時中でしたから、私も年ごろになれば死んでいく運命だと思っていましたからね。子どものころは、よく釣りをしながら、自分の人生や死に方について考えたものです。

とにかく厳しい父で、噺(はなし)家になるときも、随分反対されましたね。挙げ句の果てに、母親が逃げ道をつくってくれて「ここから出て、お父さんとは会わないように」という始末でした。もう勘当も同然ですよ。父は私が真打ちに昇進した翌年にがんで他界しましたが、亡くなる年まで、顔を合わせませんでした。

父が亡くなる間際、私はあれほど死ぬことを恐れるなと語った父がどういう心境で死に直面しているのか、と思い「死ぬことが怖くないか」と訊(たず)ねたんです。すると「死ぬなんてたいしたことじゃない。お前らの相手をしなくて済むと思うと気が楽だ」なんて言うのです。最高の遺言でしたね。「死ぬってのは、こんなものか」と受け入れることができた。どんな場面に出くわしても、死さえ覚悟できる心意気があれば、何てことはない。この遺言が、私を支えてくれたのです。

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