朝日新聞がビートルズ世代に贈る、こだわりエンターテインメントサイト

メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ヘルプ

  • トップ
  • 地球発
  • マネー
  • ライフスタイル
  • 極める
  • からだプラス
  • エンタメ

  • 縦書きスタイルで読む
  • ページ1
  • ページ2

達成感がエネルギーに

95歳の現役医師、日野原重明さん。日本でこの人ほど忙しい95歳はいないはずだ。自ら理事長を務める聖路加国際病院で患者の回診、会議などのほか、学会、講演会と全国各地へも頻繁に出向く。手帳にはスケジュールがびっしり。移動中も原稿執筆に費やす。それでも楽しくてたまらないと言い、食事の時間も惜しんで仕事に取り組む。生涯現役であり続ける秘訣(ひけつ)は何なのだろう。
(取材・文/井上理江 写真/田中史彦)

――90歳を過ぎても現役でご活躍されると、ご自身想像されていましたか?

いいえ、まったく。小さい頃に腎臓病を患い、大学へ入学してからは結核で1年間休学を強いられた経験もあった。60歳まで生きられたら、それでいいかなと実は思っていた。それが180度変わったのは、1970年によど号のハイジャック事件に遭遇した時です。

世界が違って見えた

――乗客として乗り合わせておられた

そう。福岡で開催される日本内科学会の総会に出席するために乗った飛行機がハイジャックされ、機内では赤軍派がダイナマイトや日本刀を持っていて「機動隊が来たら爆破する」と。そんな緊張状態が丸4日間続いて、韓国の金浦空港で解放され、タラップを降りて土を踏んだ瞬間だったね。何だかそれまでと世界がまったく違って見えたんだ。「60歳で人生終わり」と思っていたけれど、いや違う、これから始まるんだとその時確信した。

――別の人生が与えられたと

60歳は還暦。普通なら「人生の晩年が始まる」と思うかもしれない。でも、僕は違った。本当に新しい人生が今から始まると思えた。ちょうど同じ頃に、哲学者マルチン・ブーバー氏の「人は創(はじ)めることを忘れなければ、いつまでも若くある」という言葉に出合っていてね。その言葉が非常に心にしみた。新しいことへの挑戦を続ければ、体は老いても心の若さは続くのだと。それからはもう挑戦の人生。人がやらない、新しいことを創めるようになった。この言葉への共感こそが僕のパワーになっているのかもしれない。

(写真)日野原重明さんプロフィール

1911年、山口県生まれ。京都帝国大学医学部卒業。41年、聖路加国際病院内科医となり、内科医長、院長を経て、現在は聖路加国際病院理事長・同名誉院長、聖路加看護学園理事長、聖ルカ・ライフサイエンス研究所理事長を務める。99年文化功労者、2005年文化勲章受賞。日本に米国医学を導入した第一人者。患者参加型医療・予防医学・終末医療の推進、「成人病」という呼称を「生活習慣病」と変えるなど画期的な医療改革に貢献。医学・看護教育に今なお尽力している。著書は多数。主なものに「生きかた上手」(ユーリーグ)、「生きるのが楽しくなる15の習慣」(講談社+α文庫)、「十歳のきみへ―九十五歳のわたしから」(冨山房インターナショナル)、「こどもに命の大切さを伝える」(関西学院大学出版会)、「95歳からの勇気ある生き方」(朝日新聞社)など。

お知らせ
日野原重明さんの最新情報は
こちらから

朝日新聞土曜be連載「あるがまま行く」の単行本化第2弾として、「95歳からの勇気ある生き方」が好評発売中。また、日野原重明さんの公式ホームページ「ベストライフ・オンライン」では、理事長を務めている(財)ライフ・プランニング・センターのニュースなどがチェックできる。

日野原重明さん公式サイト
http://www.bestlife.ne.jp/hinohara/

次のページへ
バックナンバー

関連ページ

画面トップへ

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Firefox1.5以上、Macintosh Safari 1.3以上、Firefox1.5以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。