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ひとインタビュー劣等感と病気を克服して舞台へ 生の声が風のように伝わる感覚 第三十五回 中鉢聡さん

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先のビジョンもなかった

――どうやって、オペラ歌手という夢に近づいていったのですか?

研修生を経て運良く歌劇団の団員になり、脇役をいただきながら徐々に舞台経験を積んでいきました。そのとき与えられた役を一生懸命やっていただけ。先のビジョンもなかった。

大役をもらえたのは30歳半ば過ぎです。でも、脇役でも舞台に立てば一流の歌手たちと出会え、演技を間近で見られる。やりたい役のパートも全部覚えられる。そこで聴いたり感じたりした経験はとても大きな財産です。

――オペラ歌手になってよかったと思った瞬間はありますか?

2002年、プッチーニの「トスカ」に初挑戦したときかな。それまでの僕はこう見えて案外素直なところもあって、先生や指揮者、演出家の言うことを忠実に守って演じていました。それが、その舞台では演出家たちの言葉が全部ぶっ飛んでしまった。技術的なこと、作為的なことがすべて自分の中から消え、自分が自分でなくなり、その役に入ってしまった。言い換えれば、思いもよらない自分が芝居から勝手に出てきた感じというか。実は演者としては一歩間違うと非常に危険なこと。でも、あの瞬間の面白さ、高揚感は忘れられないですね。

――音楽が好きなんですね

今もそうだけれど、子どものころ音楽を聴いてよく泣いていたんです。で、その泣く一歩手前で必ず鳥肌が立っていた。そういう感覚に自分をしてくれるものが音楽以外になかった。ただ、悲しいかな、悔しいかな、まだ自分の歌で鳥肌が立ったことがないんです。たぶん、僕はそれを経験したいがゆえに歌い続けているのかもしれない。先輩に話したら「そんなことは一生ないよ」と言われてしまいましたが(笑い)。

声を失う恐怖を乗り越えて

――昨年、頸動脈の血管腫瘍(しゅよう)の大手術をなさったそうですが

声が出にくい違和感のある状態が続いていて、病院で診てもらったら、声帯ではなくその周囲の神経に腫瘍ができていました。あのときはさすがにへこんだ。声を失ったらとか、歌えなくなったらどうしようと悩みました。あれだけ喉をいたわってきたのにどうして、と。

――手術は無事に?

結局早々に手術を決断したのがよかった。おかげさまで無事に治りました。とはいえ、首にメスを入れたので術後のリハビリが大変でした。毎日首の筋肉を鍛えていたら、首が非常に太くなってしまった。シャツのボタンが留まらなくなったんです(笑い)。そのこともあってか、今はもう好きな音楽がずっと続けられることがうれしくてしかたない。「こんなことがしたい」というより、もっと純粋に「音楽ができるのだ」という楽しさだけで、日々練習したり、舞台に立ったりしています。

――そんな中鉢さんが最近聴かれる音楽というのは?

クラシックが仕事になったせいか、プライベートではジャズやロック、レゲエをよく聴きます。マイルス・デイビス、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ボブ・マーレィなど、うまいとか技術があるとか、音がいいというよりはもっとクセのある、「何かにおうぞ」という音楽になぜか僕の耳は引っ張られる。ついつい無謀な歌い方をしてしまうのは、こういう音楽の影響なのかも。

――では、いつかはロックやジャズに挑戦ということも?

いや、それはないです。僕がやりたいのはあくまで「生の声」による音楽、すなわちオペラ。自分の身体という楽器から発せられた「生の声」は、どんなに小さくてもその場の空気に振動して、風のような感覚で観客に伝わっていく。だからこそ、いろんな音が出せるよう、自分を磨き続ける必要があります。どんなに頑張っても、盛大な拍手をもらっても、まだまだっていつも思う。でも、終わりがないからこそ、面白くてやめられないんでしょうね。自分の歌に鳥肌立ちたいもの。

(写真)中鉢聡さん3つの質問
質問1
これまでの人生で最大の買い物(投資)は何ですか?

自分の身体(からだ)ですね。オペラ歌手にとって身体は大事な楽器。ですからウエートアップしたり、プロテインやサプリメントを飲んだりと、アスリートのように鍛えています。そこに一番お金をかけてきたと思いますね。

質問2
こだわりがある、という生き方をしていると思う人を挙げてください

忌野清志郎さん。あの人はすごい。 僕の師匠です。オペラ界の清志郎と言われるように頑張りたいと常々思っています。

質問3
人生に影響を与えた本は?

小澤征爾さんの著書「ボクの音楽武者修行」と、五木寛之さんの「青年は荒野をめざす」。この2冊は中学3年のとき、ほぼ同時期に読んだのですが、自分の今のオペラ歌手としての生き方すべてにガツンと影響を与えてくれた本です。

アンケート 今回のインタビューについて皆様の「声」をお聞かせください。

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