「蔵」「鉄道員(ぽっぽや)」「ホタル」など、数々のヒット作を世に送り出してきた。人間のどうしようもないやるせなさや、何かを背負って生きる日本人の心の機微を、情緒あふれる映像美で描き上げる、降旗康男さん。しかし、映画づくりにおいてメッセージなどは考えていないという。「ただ人の心を動かせる、力のある作品をつくれればいい」。最新作でもその思いは一貫している。
(取材・文/井上理江 写真/田中史彦)
妻夫木君は、演技力があり素直に役者として成長されている印象があり、いつか主役で撮りたいと思っていました。浅田次郎さんの「憑神」を読み、主人公はまさにフリーターだし、舞台は幕末だけれどいわば大きな時代の変わり目。そこでもがきながらも自分の生きる道を探す姿は現代にも通じる。これを妻夫木君でやったら、若い人にも共感してもらえる面白い映画になると直感したのが始まりでした。
原作を読んだときに、これは物語自体が落語仕立てだと思ったんです。先ほど「現代に通じる……」と言いましたが、そんなことをいちいち説明しても仕方がない。落語のテンポ、リズムで全体をつくり上げ、それを見て泣き笑いしてもらい、何かしら感じてもらえたらと。うまくいったかどうかはわからないですが、志はそういうことでした。
映画っていうのは、自分が投げかけたものを誰かが受け取ってくれる。喜んでくれたり、元気になってくれたり、あるいは怒ってくれる。そういう反応がうれしいし、僕の原動力にもなっている気がする。だから続けているのだと思います。ただ、最初はほんのなりゆきで東映に入ったものだから、何度も辞めようと思いました。とくに助監督時代はいろいろ理不尽なことも多かったから。でも「辞めたら負けだ。敵に背を向けることになる」という気持ちが強くて。意地っ張りが功を奏したのか、気付いたらあっという間に50年というのが正直なところです。
入社して最初の仕事は進行係の助手でした。ちょうど学生時代によく行っていた場所でロケがあったものだから、知り合いのおばちゃんの所へ「お茶沸かしてくれよ」と立ち寄ったんです。そこで映画会社へ入ったと話したら、おばちゃんが「映画監督になるんかい?」って。そうか、映画会社へ入ったらやはり監督だよなと思い、この道へ進みました。あのおばちゃんのひと言で決めたのかもしれませんね。
若いころ何度か挫折を経験し、さすがにもう辞めようと思っていた矢先、宮島義勇さんというカメラマンと出会った。そこで変わりましたね。いろいろ教わったというよりも、酒を一緒に飲みながら宮島さんの映画への思いを感じさせてもらった。それがなかったら今の僕はないと思う。
そうです。当時は1日に何シーンも撮影していた。若い僕は助監督でしたが、わけもわからずただ振り回されるように働いていた。でも宮島さんは、たとえば雲を撮影するシーンなど、納得できる雲が出るまで2週間待ち続けたりするわけです。最初は驚いたのですが「映画っていうものは、ただ撮ればいいんじゃない、何を撮るかだ」と。その宮島さんの姿勢、思いが僕にしみ入った。映画の面白さを身体にたたきこんでもらった気がします。

1934年長野県出身。57年、東京大学文学部卒業後、東映東京撮影所に入社。66年「非行少女ヨーコ」で監督デビュー。東映時代は菅原文太の「現代やくざ」シリーズや、高倉健の「新・網走番外地」シリーズを監督。74年、フリーとなって以降は文芸路線も手がけ、倉本聡脚本・高倉健主演で「冬の華」「駅/STATION」の他、「居酒屋兆治」「夜叉」「あ・うん」「鉄道員」「ホタル」を発表。2006年には高倉健主演の中国映画「単騎、千里を走る」(チャン・イーモウ監督)の日本監督も務める。他に「極道の妻たち 三代目姐」「将軍家光の乱心・激突」「タスマニア物語」「首領になった男」「寒椿」「新・極道の妻たち惚れたら地獄」「蔵」「赤い月」など。「あ・うん」でアジア太平洋映画祭最優秀作品賞、「ホタル」で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。最新作は、今年6月23日公開の「憑神」(原作・浅田次郎、主演・妻夫木聡)。
妻夫木聡を主演に迎え、浅田次郎の同名小説を映画化した人情時代活劇「憑神」が6月23日より公開。1999年に公開され、メガヒットとなった「鉄道員」(主演・高倉健)の名コンビ「浅田×降旗」が8年ぶりに復活ということもあり、大きな話題を呼んでいます。
舞台は幕末。しがない下級武士が3人の災いの神に取り憑(つ)かれて奮闘する姿を描いた時代劇。人情味あふれる3人の神と、彼らに必死で立ち向かいながらも徐々に武士としての誇りと本分を取り戻していく男の姿を、コミカルに楽しくテンポよく描いた作品です。最近、何だかうまくいかない、ツキがほしいと感じている人たちにこそぜひ見てほしい。元気になれる映画です。
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。