お金もないし、言葉がわからないから誰かに質問もできない。学校の勉強や練習の厳しさだけでなく、郵便局や買い物など、何かするたびにいちいち心にグサグサとやり切れなさが突き刺さっていました。そんな日々の中、「それでもやりたい?」「こんなにつらくてもまだ頑張る?」って自分に押し問答することで、踏ん張っていたような。そうやって、自分に試練を課すことがモチベーションになっていたのかもしれません。
音楽の勉強には終わりがありません。与えられた課題がクリアになれば、さらにレベルの高い課題が待っている。それが音楽の世界なんです。
ありませんでした。ただ、2回だけ「もうやってられない」と思ったことがあった。そのときだけは、当時1日200円で生活をやりくりしていたのに、一番ランクの高い超高級ホテルのカフェへ行って1杯1000円以上の紅茶を飲みました。それで憂さを晴らして、情けない自分の気持ちを吹っ切ったりしていました。いずれにしても、あのときのつらさを乗り越えたから今頑張れるんだと思います。
指揮者には直前まで練習相手がいないので、ほとんどの時間は自分一人でイメージトレーニングをします。楽譜を徹底して読むのはもちろんのこと、作品の時代背景や作曲家の生きた時間を勉強したりします。
一番難しいのは曲の奥行き感です。天才作曲家たちが書いた設計図をもとに演奏するわけですが、それぞれの楽器からちゃんと音が出ていても、全体として形を成さないときがある。その奥行きや感覚的な寸法を調整するのが指揮者。それだけに指揮者はどういう演奏を引き出したいか、誰よりも楽譜を読んでイメージトレーニングしなければならない。
いや、意外に音譜にはそれぞれ作曲家の思いが表現されているんです。たとえば「ここは、稲妻が走るように」とかね。それは誰でも読み取れる。でも、どんな稲妻を走らせるか、そこは指揮者の腕次第。
私にとって、作曲家の作品は聖書みたいなもの。同じ文章でも人によって解釈が違うように、指揮者の楽譜の読み方次第で曲の雰囲気も変わる。
リハーサルはとても限られた時間しかありません。それにオーケストラによって音も違うし、音の立ち上がりもぜんぜん違う。しかも100人近い団員がいて、それぞれのコンディションもあったりする。そこへ指揮者はたった一人で立ち向かうわけです。ほとんど裸同然で指揮台に乗って100人もの団員との対峙(たいじ)からスタートし、一気に調和へと導かなければならない。相当大変です。だからこそ自分を鍛練しておく必要がある。怖いと思っても「私はこう思う」ということをはっきりと言う。「ノー」と言われても「それでもやって」と強く言える自分でないと。
好きになっていますね、そのオーケストラを。それと、私に限らず素晴らしい指揮者には情熱、パッションがある。熱伝導というか、指揮者がいかにエネルギッシュか、情熱があるかで会場全体の雰囲気も変わるし、それによってプレーヤーもまったく変わってくる。リハーサルでは出なかった音が本番に出ることもしょっちゅうですよ。
音楽が素直に好きだし、尊敬しています。音楽は自分自身を投影できるもの。音楽は私の感情の一部であり、私自身なんだと思っています。音を組み立てていくのが指揮者の仕事だと言いましたが、その組み立てそのものがまさに、私という人間そのものの組み立てなんです。だから自分らしさにこだわる。もう切り離して考えることもできないですね。それだけ一体化した存在のような気がします。

本、CD、楽譜でしょうか。勉強のため、指揮をするためにこれらに対する投資は惜しみません。ただ、劇場でしか手に入らない楽譜はウン十万円するものが多く、「もうカンベンして」と言いたくなることも。値段が高すぎます(笑い)。
実家近くにあった畳屋のおじさん。小さい頃は、お店の前に立ってよくそのおじさんの仕事ぶりを見ていました。ものすごく頑固で、一心不乱に仕事をしている姿が今でも印象に残っています。あとはやはり音楽の偉人たち。この方たちのこだわりも相当です。
芥川龍之介の「トロッコ」。小学2年の頃に読みました。主人公が同い年ぐらいだったこともあり、「わかる、わかる」と共感でき、すらすら読めた。情景がパアーっと頭に浮かんだんです。活字から想像力が膨らみ情景を思い浮かべることができたのは、この本が初めてだっただけに印象に残っています。ちょっと大人になれたようなうれしさがありましたね。
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