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ひとインタビュー自分のすべてをさらけ出す 色気のある男を演じていきたい 第五十回 永島敏行さん

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役者は恥をかいてなんぼ

映画を中心に活動し、常に落ち着いた演技が評価されてきた永島敏行さん。どこか地に足の着いた感のある彼は、俳優としての活動の一方で、30代から本格的に農業とかかわり、生産者の思いを消費者へとつなげる役目を果たしてきた。農業に携わり、日本の未来に思いをはせることで役者としても厚みを増した彼は、50代となった今、色気のある男性俳優として、さらに新たな役へとチャレンジしている。
(取材・文/田中亜紀子 写真/田中史彦)

――次の舞台は、男女の四角関係がテーマと伺いました

朝鮮戦争時の九州が舞台です。場末のダンスホールに集う人たちの恋物語ですが、実は脚本の下敷きはギリシャ悲劇の「アンドロマケ」なんです。戦後復興のエネルギーの中、まだまだ大戦の傷跡も残っている時代。世の中の常識が180度変わり、信じられるものが何もないという時代の雰囲気と、男と女の物語が交錯し、非常に厚みのある作品となっています。当時はちょうど僕の両親の青春時代にあたるのですが、実家は旅館を経営していたので、僕自身当時の客商売の雰囲気は両親から聞いて育ったんです。ですから脚本を読み、親たちの青春時代を演じられるのはうれしいと同時に、本に描かれている以上のものを演じなければ、とプレッシャーも感じています。

――永島さんは軍人役が多かったので、戦争への思いも特別ですよね

実は役の上では、明治時代以降行ったことのない戦争がないんですよ(笑い)。戦争に行った方たちからもたくさん話を聞いているので、どれだけその思いに近づけるか、ということは常に意識しますね。今回の僕の役は、戦地で一人生き残ったことが傷になっている成り金男性。生きることにわだかまりがありながら、朝鮮特需でもうけ、若い婚約者がいるのに場末のダンスホールの女給に強烈にひかれてしまう。当時の男たちっていうのは、背負うものがたくさんあるから色気があってね。意地をはって、虚勢をはって生きている男らしさがある。

――今はいないタイプの男性ですね

そうそう。僕の母がね、今の男は50代や60代で色気のある人がいなくなったってよく言っていたんです。そういえば、僕が子供の頃のおじいさんたちには、確かにかっこいい男がたくさんいましたよね。つまりそういう人たちがたくさんいた朝鮮戦争の頃って、非常に色気のある時代だと思うんですね。現代のようにきれいな建物の中に洗練された男と女がいるというわけじゃないけど、今の時代には決してない退廃的な色気がある。そんな時代に生き、はたから見ればこっけいなほど恋に夢中な男の色気が出せればいいと思うし、その頃青春を過ごした人たちにもぜひ見てほしいですね。

自分を脱ぎ捨てさらけ出す

――役者さんは恋愛シーンも自分をさらけだすことが求められ大変ですね

恋愛シーンに限らないのですが、芝居は実は今でも恥ずかしいです。でも恥をかかないと脱ぎ捨てられないものがある。恥をかきたくないと思うと、どこか自分の中で見せられないものができてしまい、それを隠してしまう。それじゃあ役者はだめなんです。恥をかいてなんぼですよ。役者にはいろんなタイプがいるし、僕は器用じゃないけど、見る人が役者に思いを乗せやすいようにするには、自分をすべてさらけだすことが必要だと思っています。最初はなかなかできませんでしたけどね。

――そういう意味で、ターニングポイントになった作品はなんですか

1982年の映画「遠雷」ですね。デビュー作のドカベンでは、自分でもスクリーンを燃やしたいと思うほど演技が下手でしたし、周囲にもやめろやめろと言われていました。しかもデビューが坊主頭だったせいか、来る仕事がみんな軍人役ばかりでね。批評家たちに「永島は軍人しかできない」と書かれてくやしくて。今にみていろと、それまでの演技を反省し、自分をさらけ出すって何だろうと考えている頃に「遠雷」に出合ったんです。土地が都市化されることに翻弄(ほんろう)される青年の役で、僕も千葉育ちで高度成長期にきれいな海が埋め立てられ、工場地帯になっていくのを見てきた世代だから自分に置き換えやすかった。そこで自分の恋愛の失敗もさらけだし、ようやく演じるということがわかりかけた作品でしたね。

――豊かな自然の中で育ったことが永島さんが農業に携わる原点ですか

根本はそうですね。きれいな東京湾で育って、サクラエビやヒラメ、ワタリガニなんかも日常的にとれた。ところが工場排水のせいで釣りができなくなって。それに自分に子供ができた時、自分の子供時代と同じように自然の中で遊ばせたいと思っても東京では難しい。そんな時、友人の縁で秋田の十文字町で小さな映画祭を開くことになり、毎年通って米作りを習ったことが農業に直接かかわるきっかけとなりました。僕は当時30歳を過ぎたばかりでね、その年齢って会社員でもそうかもしれないけど、役者としてもえらく中途半端な年齢に入るんです。不安もあるし、何かこう確固たる思いを持ちたくて、前から興味のあった農業にひかれていったというのもありますね。

(写真)永島敏行さんプロフィール

1956年生まれ。千葉市出身。学生時代から野球に打ち込む。専修大学在学中も準硬式野球部に所属していたが、両親がオーディションに申し込んだことをきっかけに映画「ドカベン」に出演し俳優に。2作目の映画「サード」で日本アカデミー賞の優秀男優賞を獲得。その後、「帰らざる日々」「二百三高地」「連合艦隊」など多くの映画に出演し、82年の「遠雷」にてブルーリボン賞や日本アカデミー賞など数々の男優賞を受賞。現在も映画や舞台などで活躍し、今年のNHK大河ドラマ「風林火山」でも武将の村上義清役にて出演。農業にも造詣(ぞうけい)が深く、自ら農業を行うだけでなく農業コンサルタントとしても活躍し、この国の食を支える生産者たちの現実を知らしめる広報役として、全国で講演などを積極的に行っている。月に1回東京で生産者と消費者を結ぶ「青空市場」も主催。

お知らせ
新国立劇場開場10周年記念フェスティバル公演「たとえば野に咲く花のように」

10月17日から11月4日まで、永島敏行が出演する「たとえば野に咲く花のように」が、新国立劇場にて上演されます。三つの悲劇作品の第2弾となる本作では、独自の世界を圧倒的な言葉でつむぎだす劇作家・鄭義信と、今もっとも注目をあびる女性演出家・鈴木裕美のタッグが実現。ギリシャ悲劇に描かれた囚われの女性アンドロマケをめぐる、愛する者には愛されない4人の男女の四角関係の悲劇の物語を下敷きに、朝鮮戦争中の九州を舞台に、恋に囚われた人間のどこまでも愚かで愛らしい、それでいてこっけいな姿を大爆笑の悲劇として描き出す作品です。ほかの出演に、七瀬なつみ、田畑智子、梅沢昌代、山内圭哉、佐渡稔など。

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