朝日新聞がビートルズ世代に贈る、こだわりエンターテインメントサイト

メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ホーム設定

Special Contents ひと

  • インタビュー
  • フロントランナー
  • トップ
  • 地球発
  • マネー
  • ライフスタイル
  • 極める
  • からだプラス
  • エンタメ

記事を印刷
  • バックナンバー

ひとインタビューシンガー・ソングライターから作曲家へ 自分に嘘のない音楽を作る 第五十七回 小坂明子さん

  • 縦書きスタイルで読む
  • ページ1
  • ページ2

「あなた」に翻弄(ほんろう)された20代

2006年8月、23年ぶりのピアノインストアルバム「Pianish」を発売。海外20カ国に配信され、ヨーロッパ各国のニュー・エイジ・チャートで数カ国1位を獲得した。現在は作詞・作曲・編曲家としてポップス・TVアニメ音楽、CMソング、舞台音楽など幅広く活躍する小坂明子さん。年間200曲以上を書き続けながら、ピアノインストとの出会いにより改めて自分には音楽しかないと認識し、30年以上封印していた「自分のための曲作り」を今、再び始めている。
(取材・文/井上理江 写真/田中史彦)

――大ヒット曲「あなた」は、16歳の時に作られたそうですね

当時、ガロというグループが大好きでした。彼らのような曲を作り、ヤマハのポプコンに出ればガロに会えるかもしれないという実にミーハーな動機で作りました。その頃失恋しかけていた彼を想(おも)いながら。最初は違うメロディーだったのですが、途中で書き換えこのメロディーに。実はもともとは3部コーラススタイルの楽曲で、予選では3人で歌っていました。2次予選に他の2人のスケジュールが合わず、1人で弾き語りのスタイルになったんですよ。

――指揮者として活躍されていたお父さまはかなり反対だったそうですね

業界が同じということもあり、ふだん温厚な父が「オレに恥をかかせる気か」と激怒したんです。で、思春期にありがちなのですが、そんな父に対する反抗心で出場しました。もし、あの時父が怒らなかったら出場していなかったかもしれません。

――その「あなた」がグランプリを獲得し、大ヒット。日本中が歌っていました

レコードが出たのは素直にうれしかった。ただ、ヒットしたことで生活も人生も一転。ものすごく忙しくなり、ずっと拘束されていて自由がまったくなくなってしまった。東京で仕事を終えて夜行列車で関西へ戻り、ホテルで朝食をとって高校へ行く。そんな生活を繰り返していました。それが私にとっては大変なストレスで、一気に太ってしまったんです。

厳しくも陰で支えてくれた夫

――高校卒業後、上京し、本格的に東京で音楽活動を始めたのは

あまりに有名になってしまい、選択の余地はなかった。ただ、同時にどんなふうに活動していけばいいのか、私もまわりのスタッフもぜんぜんわかっていなかった。それで3、4年、東京で音楽活動をしてはいたのですが、いつまでたっても方向性が定まらないし、自分がやりたいと思うこととのギャップも大きくなってしまい、いったん関西へ戻りました。

――自分のやりたいことと、世間が期待することにギャップがあった

そう。私はどちらかと言えば、同じ音楽業界でも裏方の仕事がしたかった。ところが名前がビッグになりすぎてそれは無理。しかも、まわりは次のヒットを期待している。にも関わらず、そのための具体策が見つからない。そんな状態から抜け出し、いったん振り出しに戻るというか、原点で将来を考えてみたくなったんです。

――そこで、ご主人であり、現マネジャーの千葉健治さんと出会った

仕事を通して知り合いました。「私には何が足りないのか」「何がいけないのか」と相談したら、「それ以前に何も努力してないじゃない」と、かなり心に突き刺さることを言われました。最初は何を言っているのか本当に理解できなくて、ただただ烈火のごとく怒っていましたが、確かにおっしゃるとおりなんです(笑い)。例えば「ポップスを歌っているのに、今流行の曲を全然聴いてない!」と。実際、私は偏った一部の音楽しか受け入れてなかった。それで、それまで聴いたことのなかったAORやデビッド・フォスター、当時日本ではやっていた山下達郎さんなどを始めとして、あらゆるポップスを1000枚以上聴きまくりました。でも、お蔭で音楽の世界がグンと広がりましたね。

――ダイエットもその頃ですね

そう(笑い)。激太りした私に「その体型ではあなたの音楽に合うファッションは無理。ダイエットしなさい」と。その時もかなり逆上しましたが確かにそのとおりなので、鈴木その子式ダイエットで22キロの減量。でも、その後また元に戻ってしまったんですけどね(笑い)。

(写真)小坂明子さんプロフィール

兵庫県出身。大阪音楽大学付属高校ピアノ科在籍中、16歳の時「あなた」で第6回ヤマハポビュラーミュージックコンテストと第4回世界歌謡祭でグランプリ受賞。1973年12月デビュー。1カ月で発売数100 万枚、3カ月で165万枚を売り上げ、その後200万枚を突破、ポップス史上に残る歴史的大ヒットとなる。83年より作詞・作曲・編曲家としてポップス・TVアニメ音楽・童謡・CMソング・ミュージカル・舞台音楽など、多岐に渡り創作・制作活動を行っている。97年よりボーカルトレーナーとして歌も教え始める。2006年8月、23年ぶりのピアノインストアルバム「Pianish」を発売。海外20カ国にデジタル配信され、ヨーロッパ各国のニュー・エイジ・チャートで数カ国1位を獲得。05年よりライブ活動を再開。07年1月には生誕50周年記念ライブを南青山MANDARAで開催、5月から6月にかけては「Pianish Garden Tour 2007」として関西から関東で6カ所ライブを行った。プライベートでは85年10月結婚、男子2人の母でもある。
■小坂明子さん公式HP
http://a-kosaka.com/

お知らせ

小坂明子さんコンサート情報

小坂明子デビュー35周年記念コンサート"White Pianish Garden "〜クリスマスローズの日〜

「あなた」から35年。シンガー・ソングライターとして10年、作曲家25年を通して、やっとたどりついたのがPianish World。まさに35年の集大成とも言える、ハートフルなスペシャルコンサートです。彼女の澄んだピアノ、大人のボーカルを味わいにぜひ足を運んでください。
■2007年12月19日(水) 東京新橋・ヤクルトホール
■問い合わせ/ティーフォーツー・ミュージック(電話03-5306-0985/平日午後0時〜6時)

tf2m@a-kosaka.com

藤本隆宏+小坂明子

OPEN MY DOOR

小坂さんが再び人前でピアノの弾き語りをやろうと思ったのは藤本隆宏さんの舞台でピアノ演奏を依頼されたのがきっかけでした。そんな藤本さんとのライブです。
■2008年1月5日(土) 南青山MANDARA
■問い合わせ/ティーフォーツー・ミュージック(電話03-5306-0985/平日午後0時〜6時)

tf2m@a-kosaka.com
次のページへ
画面トップへ

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。