大橋巨泉さんは1990年、56歳でセミリタイア(半分現役・半分引退)を宣言。以来、気候に合わせて世界各地に住まいを変えながら、大好きなゴルフ、競馬、執筆にいそしむという生活を続けている。そんな巨泉さんが今、猛烈にはまっているのが西洋美術。ほぼ毎年ヨーロッパに出かけては、各国の美術館で名画を見て歩いている。今年は「大橋巨泉の超シロウト的美術鑑賞ノート」という本も出版。常に独自の哲学を持ち、自分流に突き進んでいく巨泉さんに、西洋美術の魅力と人生を楽しむ術(すべ)をうかがった。
(取材・文/井上理江 写真/田中史彦)スペインには、闘牛場はあるのに競馬場がない。ゴルフ場も少なく、僕にとっては気軽に楽しめるところが少なかった。仕方がないので、世界3大美術館の一つ、プラド美術館にでも行ってみるかと。とはいえ、当時の僕には絵の知識も絵心もまったくなかった。それで親友・石坂浩二のところへ相談に行ったんです。プラドへ行ったらどうすればいいのかって。そうしたらひと言「本物の前に立って、じっくり観(み)る。それだけです」と。そこで、ほとんど予備知識もないまま美の殿堂を訪ね、その言葉どおりにしたわけです。
そう。膨大なコレクションの中を歩いていると、僕を呼ぶ絵があるんですよ。寄っていくと、フランドルの画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「十字架降下」があった。不思議なことに、ベラスケスでもエル・グレコでもゴヤでもなかったんだよね。とにかく衝撃と感動で20分ほど動けなかった。ただ立ち尽くしていました。
何だか上質な舞台を観ているような気がしたんだよね。人物の表情、ドラマチックな構図、衣装の色彩や質感もすごいと思ったし、とても人間的な絵に見えた。何より500年以上も前にこんな絵が描かれていたことが信じられなかった。無宗教者の僕が圧倒されるわけだから、宗教画の魅力というのは決して宗教の力ではなく、芸術の力なんだよ。だからこそ、これはすごいなと。その瞬間にとりつかれちゃったわけです。
美術館、修道院、教会を含めて訪ねた先が、この9年間で110カ所以上。プラドは7回、ルーブル美術館は7、8回と、何度も訪れているところもあるけれど、それは1カ所と換算してですから相当な数をまわってますよ。ヘンなやつなんだよ、僕は。これまでありとあらゆることをやってきたのに、65歳になって突然、それまで縁も興味も一切なかった西洋美術にはまりにはまっているんだから。
絵が呼んでくれること。呼ばれたくて行くようなもの。何より膨大な作品を全部見てたら大変、わけがわからなくなるでしょ。だから、僕を呼ぶ絵だけをじっと観る。骨董(こっとう)品を探しているときと同じワクワク感があるね。面白いもので、ヘンな絵が呼ぶんですよ。たとえば、プラド美術館ではテイントレットの「弟子の足を洗うキリスト」とか、エル・グレコの「胸に手を置く騎士の肖像」とか。2000年に訪ねたルーブル美術館では、レオナルド・ダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」に呼ばれた。これがまた奇妙な絵でね(笑い)。
奇怪な岩穴の中で、聖母マリアを中心に左に幼児の洗礼者ヨハネ、右に幼児キリストと天使が三角形をつくって座っているんだけれど、聖母は右手でヨハネを抱き、そのヨハネはキリストに合掌し、なぜか天使はそのヨハネを人さし指で指している。とにかく最初見たとき、「こいつらみんなでゲームでもして遊んでいるのかなあ?」と思うほど不思議で仕方がなかった。モナリザよりこの絵のほうが謎に満ちている気がしたよね。

1934年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部新聞学科中退。ジャズ評論家、放送作家を経て、65年、「11PM」(NTV)の司会者としてテレビタレントに。以後、「クイズダービー」(TBS)、「世界まるごとHOWマッチ」(MBS)などヒット番組を多数手がける。90年、56歳のときにセミリタイアを宣言。すべての番組を降板し、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、日本を季節ごとに住み分ける「ひまわり生活」を送るようになる。73年から世界各地で土産物屋「OKギフトショップ」も展開。2001年、民主党の要請を受けて参院選比例区に立候補しトップ当選を果たすが、約半年で辞職し話題となる。競馬、ゴルフ、将棋、ジャズ、クラシック、西洋美術鑑賞と趣味が幅広いことでも有名。著書は、大ベストセラーとなった「巨泉―人生の選択」ほか、「国会議員・失格」「巨泉流 成功!海外ステイ術」「どうせ生きるなら」「パリ・マドリード 二都物語 名画とグルメとワインの旅」「がん 大橋巨泉の場合」など多数。近著に「大橋巨泉の超シロウト的美術鑑賞ノート」がある。
絶賛発売中!
「大橋巨泉の超シロウト的美術鑑賞ノート」(ダイヤモンド社)9年間に世界中にある美術館、教会、宮殿、修道院など、計110カ所以上を訪ね歩いたという大橋巨泉さん。さらに、ご自身でも100冊以上の美術関連の百科事典、文献を読み、研究を重ねてまとめられた一冊です。レオナルド・ダ・ヴィンチから、ルネサンスの創始者マザッチョ、巨泉さんが史上最大の画家と絶賛するラファエロ、巨匠であり続けたティツィアーノ、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「十字架降下」同様、巨泉さんが感動して20分以上絵の前から動けなくなったというジョルジョーネの「嵐(テンペスタ)」などなど、実際に訪ね歩き、鑑賞した名画の中からご自身の感性で厳選し、歴史的背景から画家の人物像にいたるまで、きめ細かくわかりやすく書かれています。なかなか海外まで出かけることができない人も、この本を読めば西洋美術を存分に楽しめます。
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。