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ひとインタビュー家族が亡くなっていき ひとりになることと向き合う 第七十四回 吉行和子さん

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兄妹の死にも泣かなかった

――ドラマ「あぐり」でご家族の人生が全国に放送されました

あれはドラマとして割り切って見ていました。うちの母は、愛想もないし女っぽくもなく、ドラマのあぐりとはずい分違いましてね。おもしろいのは、父親のエイスケを演じた野村萬斎さんがあまりに素敵(すてき)だったので、我が家での父の地位があがったこと。父は私が4歳で亡くなりましたが、母にとっては、家族のことを顧みず自分が楽しいことばかりして、あっという間に借金を遺(のこ)して死んだ大迷惑な夫だった。でも萬斎さんを見て、母は「私は若くてこの人のよさをわからなかった」とか「素敵な人だった」と、頭の中ですっかり父と萬斎さんが入れ替わっています(笑い)。

――お兄さまの淳之介さんが作家、妹の理恵さんが詩人と、兄弟3人芸術家ですが、特別な教育はあったのですか

全くありません。美容師だった母は仕事人間で、子どもの世話さえほとんどしてくれなかった。私が劇団に入る時も誰にも相談せず、親の印鑑が必要だったから母に書類を出しただけ。周囲は私がぜんそく持ちだったので反対でしたが、母は「本人がやりたがっているから」と判を押してくれました。期待されていない分、自由にやれてよかったのかもしれません。妹の理恵は、兄の存在で自分が世間に評価されているのかも、と兄と逆に距離をとって。私たち兄妹は表だって団結することはなかったけど、心の中では気にかける。そんな関係でした。

――お兄さまも妹さんも亡くなり、本当に残念ですね

兄の時は、年も離れていましたし病気がちだったから、これでもう苦しまずにすむと思えたのですが、妹の場合は……。母が忙しかった分、私は妹と2人で大人になったようなものなので、亡くなった時は自分の半身をもぎとられたようでした。でもこれを乗り切らなきゃと、私は妹の死で一度もめそめそしてないんです。泣くと力がなくなってしまうような気がして。妹が息を引きとった2時間後には仕事をしていたぐらい。でも妹の死に顔を見ていて、ふと私が死んだら自分の死に顔は見られないんだと気になったの。すると「おくりびと」という映画の話が来て、私の役は死んだ後、死に化粧をきれいにしてもらうシーンがあって。これに出たら自分の死に顔が見られると引き受け、先日試写で自分の死に顔見て泣いちゃった(笑い)。妹や親友の死にも泣かなかったのにね。

母も本当に泣かない人なんですよ。妹の死を聞いた時も驚いて「あ―」とうつぶせになってね。理恵の書いたものは地味であまり読んでもらえなかったと、母が好きだった彼女の作品をまとめて本にすると決め、次の日から悲しみは全部その準備で消えましたね。兄の時はもう少しめそめそしていました。兄の写真を部屋に飾り、死因だったガンにいいというお茶を買ってきてね。これで直るかしら?なんて毎朝お供えして。悲しみを転化させる術(すべ)のある人で助かります。

母・あぐりは人生の達人

――生き方の達人なんですね

子どもの時は何の教育もしてくれなかったけど、年をとってから生きる姿で、私がこれからどう生きていけばいいかを教えてくれている気がします。今は101歳で無理ですが、彼女が80歳や90歳の頃の姿は、その年齢で自分のできることを決め、それをきちんとやっていく生き方を見せてくれていました。彼女は97歳まで現役美容師でしたが、91歳の時に少し暇ができて、初めて私とメキシコに海外旅行に行ってからは病みつきになり、毎年2人で海外旅行を続けたんです。私はそこで初めて親子の会話をして母を発見した思いでした。とにかく自分のことは自分でやる人で、年だからとか親だからという甘えがいっさいない。結局甘えて人に期待すると、その分だけ不満も募り、お互いが不幸になるんですね。私は甘える人もいなくなるから、ますます自分で自分を始末できるようにしておかないと……。最近は周辺に死が増え、死は自然にそこにあるものと受けとめられようになりました。あとはその時がくる前に、うんと人生を楽しみたい。旅や俳句、楽しみはたくさんあるけど、どれも健康あってのこと。元気が一番ですね。

(写真)吉行和子さん3つの質問
質問1
これまでの人生で最大の買い物(投資)は何ですか?

2年前に妹が亡くなり、少しお金が入った時に購入したカルティエの時計。詩人だった妹の理恵はすごく節約家で、自分の物もほとんど買わない人でした。そんな彼女が遺(のこ)したお金を活(い)かしたいと、思い切って買いました。妹が嫌がらない程度に、ギラギラしていない品のいいものを選んだんですよ。それを私がずっと腕にしていたら、見るたびに妹のことを思い出すだろうと思いました。

質問2
こだわりがある、という生き方をしていると思う人を挙げてください

画家の方って、こだわりがありますよね。私が存じ上げている堀文子さんもそう。よく花の絵をお描きになる方ですが、たとえば挿絵に「菖蒲(しょうぶ)」の花を描いてください、と言われた時に、堀先生は「私はその日に本物の菖蒲を見ないと描けない」とおっしゃるんです。花の絵はたくさん描いて、それこそ菖蒲だって何度も描いているんですよ。でもその日に本物を見て、自分が新たに感じた菖蒲の絵を書きたい、というこだわりがある。すごく素敵(すてき)だと思います。これは何にでも通じること。私の役者人生でいうと、何度もやったことがある役がきても「これはあのやり方でやろう」と思わずに、常に初めてやる役として演じようと。その出合いにゼロから取りかかりらなくてはいけないと、堀先生のこだわりから教えられました。

質問3
人生に影響を与えた本は?

現在88歳になる俳人、金子兜太さんの言葉を黒田杏子さんがまとめた「金子兜太養生訓」。金子さん自身本当におもしろい方で、世の中のしきたりとか上下関係とか、何に対しても全くこだわりがないんです。逆にこだわらないことにこだわっているというか(笑い)。88歳になっていても、常にうまれたての言葉でお話しになる素敵な方です。私も俳句をやっているので時々お会いする機会がありますが、ドキドキしちゃうんです。この本を読むと、どうやって元気に生きていけばいいかがすごくよくわかります。

アンケート 今回のインタビューについて皆様の「声」をお聞かせください。

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