「山あり谷ありの人生で、ほとんどのことをひと通り経験しちゃった感じ。ここまで生きてくると結構おもしろいもんですよ」と、愛らしい笑顔でさらりと言う。15歳の映画デビュー以来、圧倒的存在感を放ち、名実共に日本の映画界を担ってきた女優・原田美枝子さん。11月1日公開の映画「ブタがいた教室」では、新任教師と児童たちを温かく見守る校長先生を好演している。
(取材・文/井上理江 写真/小山昭人)
私が校長なんて、驚きますよね(笑い)。新人の先生と子どもたちを見守り、支えるという存在なのですが、実際、現場でもそんな感じで、遠くから彼らを応援しているような心持ちでした。
とくに今の子どもたちはバーチャルな世界に生きていて、命に対するリアリティーが希薄。それだけに「人間は、動物や植物の命をいただいて生きているんだし、自分自身も命そのものなんだ」ってことを、ちゃんと大人が伝え続けないといけないですよね。命の尊さがわかっていないから、自分も他人も雑に扱うようになってしまうわけだし。
そうですね。動物たちがささげてくれた命に報いるために人間は何をしたらいいかっていうと、やはり一生懸命生きるしかないと思うんです。私たちにできることは「無駄に生きない」ということしかないんだな、と改めて思いました。
新任教師役の妻夫木聡君は、初日に子どもたちの顔と名前をすべて覚えていました。体当たりで役に挑んだ妻夫木君も子どもたちもいいし、ブタのPちゃんも哀愁があっていいです。子どもたちはPちゃんを食べるかどうかギリギリまで議論します。「『いのち』の長さは誰が決めるの?」とキャッチフレーズにありますが、そんな子どもたちの姿を通して、命について何かしら感じてもらえたらうれしいですね。
映画館のスクリーンの中の映像が本当に美しく、光り輝いて見えたんです。当時、区立中学の1年生で、地味でキラメキのない生活をしていたものだから、心底あの光り輝く世界の中へ入りたいって思ったんですよね。デビュー直後の私はハードな役が多かったので結びつかないかもしれないですが、出発点は「小さな恋のメロディ」なんです(笑い)。
20〜30代は過渡期でした。すごくもがき不安だった時期もあったのですが、ひと通り経験して40代になった今、俯瞰(ふかん)で自分の人生を見通すことができて、まるで大河ドラマを見るような感じ。それが結構おもしろいですね。もちろん、まだまだこれから先もあるのですが。
山あり谷ありの人生で転機もいっぱいありすぎて(笑い)。でも、最近ふと黒澤明監督にまた会いたいなあって思ったりします。そうそう、私が25歳のとき、女優を辞めようか散々悩んで迷っていた時期でした。黒澤さんが映画をつくる準備をしていると聞き、「黒澤さんは、ダメならそう言ってくれるはず。これでダメだったらきっぱりやめよう」と思い、映画「乱」に出させてもらったんです。このときいただいたチャンスは大きかったですね。あの巨人のような芸術家、黒澤さんに立ち向かい、120%以上の力を出して無我夢中で演じました。
実はそのとき、映画「蜘蛛巣城」の山田五十鈴さんの演技を絶対超えるんだ、とひそかに思っていて。私は自信もあったのですが、スクリーンを見て愕然(がくぜん)としてしまった。思っていた以上に自分の線が細くてぜんぜんダメでした。
そう。何が山田五十鈴さんと違うんだろうってまた悩みました。そこで行き着いたのは「生きる」ということ。生活や経験などいろんなことを感じ取って自分が太くならなければ、人間として大きくならなければ、と気づいたわけです。それからはふだんの生活を大切にしようと思うようになりました。
余談ですが、黒澤さんに何年かたってから「『乱』の演技が自分では納得いってなかったんです」と話したんです。そうしたら、「あのときはあれでよかったんだよ」と言ってくださった。その言葉で救われましたね。

東京都生まれ。74年に映画「恋は緑の風の中」で主演デビュー。76年「大地の子守唄」「青春の殺人者」に出演、18歳でブルーリボン賞新人賞、キネマ旬報主演女優賞など9賞を受賞し、早くからその才能を高く評価される。20代に入ってからはさらに活躍の場を広げ、黒澤明監督作品「乱」(85年)、「夢」(90年)にも出演、「火宅の人」(86年)では日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、報知映画賞助演女優賞を受賞、「絵の中のぼくの村」(96年)でキネマ旬報主演女優賞、「愛を乞うひと」(98年)では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を始め、数多くの主演女優賞に輝く。さらに2001年、第55回毎日映画コンクール田中絹代賞受賞。近作では「雨あがる」「はつ恋」(00年)、「OUT」(02年)、「半落ち」(04年)、「THE有頂天ホテル」(06年)、「どろろ」(07年)、「包帯クラブ」(07年)など。そのほかテレビドラマ、舞台など幅広く活躍している。
映画「ブタがいた教室」
2008年11月1日(土) シネ・リーブル池袋、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
新米教師星先生(妻夫木聡)と6年2組の26人の生徒たちは「食べる約束」でブタのPちゃんを飼い始める。しかし、毎日の世話で芽生える愛情。食べるのか、食べないのか? 子どもたちはPちゃんの処遇を巡って激論を続ける。そして最後に出した「答え」は……。
大阪の小学校で実際に行われた授業で、テレビドキュメンタリー番組にもなり、話題となった実話を映画化した「ブタがいた教室」。子どもたちに渡されたのは結末のない脚本。つまり、話し合いはすべて子どもたちの本当の言葉なのだ。それだけに子どもたちの真っすぐな強い思い、言葉に心揺さぶられる。いろんな思いをはせながら観(み)ていただきたい作品です。
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