1992年、バルセロナ五輪200メートル平泳ぎで競泳史上最年少の金メダリストとなった岩崎恭子さん。あどけない14歳少女の「今まで生きてきた人生の中で一番幸せです」というコメントはたちまち流行語になり、全国区のヒロインとなった。あれから16年半。30代に入り、この4月にはラグビー選手の斉藤祐也さんと結婚。新たに「人生で一番幸せ」な日々を紡ぎ始めた岩崎さんに、「これまで」と「これから」をうかがった。
(取材・文/井上理江 写真/小山昭人)
バルセロナ五輪でメダルをいただいたことより、記録がすごくよかったことがうれしかったですね。自分にとっても衝撃的な出来事でした。
自分でも驚くほど気持ちよく泳げました。いつもとは違う力が出ていて、水をかくたびにどんどん速くなって、どんどん前へ進んでいくような。それまで味わったことのない感覚でした。でも、あの時は金メダルを取ってからが大変でした。
それ以上に、自分自身で勝手に「バルセロナで味わったあの泳ぎの感覚を再びよみがえらせなくちゃいけない」と思ってしまったんです。しかも、フォームとしてではなく、感覚的に求めてしまった。そのため、どんなに練習していても「いや違う、この泳ぎじゃない、これじゃない」と思ってばかりいました。記録も全然伸びなかったし、バルセロナ後の2年間は、無気力でネガティブでとても苦しい時期でした。
94年7月、アメリカ・サンタクララ国際水泳大会のメンバーとして海外遠征に参加したのが転機になりました。そこは一番伸び盛りだった中学2年の時、初めての海外遠征で訪れた場所。参加できただけでうれしくて、楽しく泳いでいた頃の自分を思い出しました。その試合で中学時代からのライバルがすごくいい記録を出したのも刺激になった。「私、何をやっていたのだろう」と目が覚め、ようやく精神的なバランスを取り戻しました。
翌年のプレ大会でのこと。当時、金メダル時の記録より3秒も遅かったのに、私の中にはまだ金メダルを超えないといけないという思いがあって、金メダル記録よりも高い数値を目標に設定してコーチに提出したんです。そうしたら「書き直してこい」と。「ベストを出そうとしなくていい、今の自分にできることを目標にすればいいんだから」と言ってくれました。コーチは「今の私」を見てくれている、そう思った瞬間、すごく安心したのを覚えています。お陰で嫌なこともつらいことも自分でまず受けとめようという覚悟が芽生え、次のアトランタ五輪に向かう意欲もわいてきました。

1978年静岡県沼津市生まれ。5歳から水泳を始める。92年中学2年の時に出場したバルセロナ五輪200メートル平泳ぎで金メダルを獲得。「今まで生きてきた中で一番幸せです」と答えて一躍国民のアイドル的存在に。96年のアトランタ五輪に出場するも10位に終わる。日本大学在学中の98年に競技生活を引退。2000年子供たちへの水泳指導法を学ぶため米国へ1年間留学。帰国後の現在は、水泳の指導ならびに水泳の楽しさの伝承するためのイベント出演を中心としながら、メディアやトークショーへの出演、執筆活動を行う。また日本オリンピック委員会(JOC)環境アンバサダーを務めるなど、「環境」をテーマとした活動にも取り組んでいる。
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