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永遠に走る楽しさを伝えたい

こちらまで思わずほほ笑んでしまう。明るく、優しい笑顔がトレードマークだ。Qちゃんの愛称で多くの人に愛されている高橋尚子さん。2009年3月の名古屋国際女子マラソンで現役を引退したが、日本で最も人気のあるアスリートの一人であることに変わりはない。そんなQちゃんがシドニーマラソン親善大使となり、9月20日のシドニーマラソンに参加することになった。シドニーと言えば金メダルを獲得した場所。それだけに特別な思いがあるようだ。
(取材・文/井上理江 写真/小山昭人)

――シドニーマラソン親善大使の役目は喜んで承諾されたそうですね

素直にとてもうれしかったです。オリンピックで金メダルを獲得した場所という事実だけでなく、あの日を境に大きく人生が変わりましたから。

――シドニーの思い出は

たくさんあるし、その一つひとつを鮮明におぼえています。私のチームは選手村に入らず、マラソンの30キロ地点あたりに家を借りて合宿していたのですが、練習の合間に街へ出かけては、お気に入りのカフェでのんびりしていました。本番前々日くらいまでそんな感じでした。

ある日、公園のベンチで本を読んでいたら、日本人の方に高橋尚子だと気づかれ、「でも、さすがにこんな時期にここで本なんて読んでないでしょう?」というささやき声まで聞こえてきて顔が上げられなくなったことが(笑い)。そっと顔を上げたら20人くらいの人だかりができていてびっくりしました。それも懐かしい思い出です。

――本番前なのに、すごい余裕があったんですね

私だけでなく監督もスタッフも「オリンピックに来たぞ!」という気負いがあまりなくて、生活そのものはいつもと同じでした。

――そういえば、スタート直前、hitomiさんの曲を聴きながら軽くリズムを取って踊っていました。あの楽しげな様子は今でも目に浮かびます

ふだんの力以上のことを求めていたら緊張したと思うのですが、本番でも毎日練習でやっていることをやるだけという意識だったので、いつもどおり音楽を聴いていただけなんですよ。

――だから、金メダル獲得の翌日も朝からランニングしていた

朝方4時くらいにテレビ局回りが終わって、小出義雄監督とカップラーメンを半分ずつ分けて食べて4時半に寝たんです。で、6時半に起きて「今日の朝練のメニューは何だっけ、何だっけ」と考えて「あ、もう練習しなくていいんだ」と気づいた(笑い)。でも、せっかく着替えたし、走ろうと思って走ったんです。

(写真)高橋尚子さんプロフィール

1972年岐阜県生まれ。大阪学院大学卒。95年、小出義雄監督がランニングクラブを率いるリクルートに入社。97年1月、大阪国際女子マラソンでデビュー。98年3月の名古屋国際女子マラソンで初優勝し、12月のアジア大会女子マラソンでも優勝。2000年3月、名古屋国際女子マラソンで優勝し、00年9月、シドニー・オリンピックで日本女子陸上初の金メダル獲得。国民栄誉賞を受賞。01年9月、ベルリンマラソンで当時の世界最高記録を樹立するが、連覇が期待されていたアテネ・オリンピックは出場を逃す。05年には陸上チームとしての新しい形でもある「チームQ」を結成。北京オリンピックを目指すが選考に漏れる。08年10月に現役引退を表明し、09年3月、名古屋国際女子マラソンで現役を引退。現在はテレビのスポーツキャスター、マラソン競技解説者、一般の人々へのマラソン普及活動に取り組んでいる。

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