この肉体をもって、宮本亜門として、演出家でいることが大変貴重ですてきなことだと思っているんです。舞台演出を通していろんなことを体験でき、様々な人と出会って話せてクリエーティブなことができれば、それでもう十分でしょ。
沖縄の家に居て海をボーッと眺めている時でしょうか。僕にとって沖縄は自分らしく居られる場所なんです。でも、結局はつい舞台のことを考えちゃうな(笑)。ただ、広大な自然が僕を一度リセットしてくれるのは確か。暑い沖縄で汗を流しているだけでいいというか、力強い自然が僕をいったんゼロにリセットしてくれます。海外へ行くと、自分の価値観がひっくり返されるようなことがあるでしょ。それが僕の場合はアジアで多いのですが、そのたびにいろいろ考えさせられることもまた、僕にとっては一つのぜいたくな時間なのです。
まあ、津波のことは考えて造っていませんからね(笑)。壊れたら壊れた時と思っています。アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの「落水荘」という、滝の上に造られた家があるのですが、あれ、好きなんです。滝の水が全部流れて家の中に入ってくるのもいいだろうという発想で造られていると聞き、そうか、考え方を変えればいいんだと。変に身を守るとか、自分が大切だと考えすぎてしまうと、自然の脅威にさらされた時に、対自然になってしまう。だったら、家も自然の一部にしてしまえばいいんだと考えて建てたのが今の沖縄の家です。
結局、劇場も同じ。何もないところに作って、出演者と観客の想像力で、新たな感動が生まれ、そしてまた公演が終われば舞台は消えていく。何もなかったかのように。それが僕にとってはすごく刺激的だし、心地いい。劇場に入るとまるで沖縄に居る時のように深呼吸をしてしまうんです。僕にとっては神聖な教会のような場所かもしれないです。
手厳しい批評には毎回心を痛めるし、正直弱気にもなります。でも、この仕事は僕が生きるために必要なことなので、みなさんがもう亜門の舞台は観たくないと言っても、友達を1人連れてきて演出しているかもしれません。舞台演出は僕が生きていくっていうことともはや同義語なんです、きっと。
(更新日:2010年06月04日)

劇場です。劇場に入ると幸せな気持ちになり、沖縄の海を見ている時と同じように深呼吸してしまいます。僕にとっては神聖な、教会のような存在です。
沖縄の、あるゴルフ場で見かける職人のおじさん。設計図もないのに、彼が石を積み上げて造る石壁はため息が出るほどに美しい。自分の技術と感覚だけであそこまで美しいものを造り上げていく姿を見ているだけで、やられた、と思います。この人が全身で感じているものは違うんだなあとも思う。沖縄には「ハブがいる」「風の向きが変わった」など、自然の動きをキャッチする力に長(た)けている人が多いです。人間としてかなわない気持ちになります。頭が下がりますね。
イギリスの演出家、ピーター・ブルックの著書「なにもない空間」。初めて「ファンタスティックス」を観た後に読みました。演劇はものすごい可能性を秘めたものなのだと教えてくれた貴重な1冊です。
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