お調子ものでおしゃべり。とにかく元気な子でした。家に人が遊びに来ると、お得意のダンスを必ず披露していました。小学校の卒業アルバムに「何でもベスト3」というランキングのページがあったのですが、私、おもしろい人ナンバー1だったんです(笑)。人を笑わせるのも好きでしたね。
当時、私立の進学校に通っていたのですが、私、ぜんぜん勉強についていけなくてうちの親が常々ふびんに感じていたようです(笑)。それで芸能活動をするという理由があれば、本人も楽な気持ちでその学校を辞めることができるんじゃないかなと考え、事務所に入れてくれたみたいです。とは言え、私も女優がどういうものかよくわからなくて、ただ何となく入った感じでした。
そうですね。いきなりオーディションを受け始めたものの、全然ダメだったので、伊藤正次演劇研究所というところへ週3回レッスンに通い始めたんです。先生は「技術は自分で勉強しなさい」「自分で思ったように動きなさい」と言い、お芝居そのものは教えてくれませんでした。ただ「役者は芝居の中で生活をしなくちゃいけないんだから、ふだんの生活を大事にしなさい」「君たちはまだ目が養われていないから昔の名作を観なさい。それが一番の近道だから」とよくおっしゃっていました。その言葉に従って生活を意識したり、映画をたくさん観たりするうちにどんどん楽しくなっていき、それに比例して女優になりたいという気持ちも強くなっていきました。
「SURVIVE STYLE 5+」という映画です。この作品で初めてちゃんと現場に入ることができたんです。スクリーンで観ていた俳優さんたちが目の前にいたり、いろいろな機材に囲まれたりしているだけでワクワクしました。楽しくてたまらなくて、もっともっと現場を経験したいと思うようになって、その撮影の終わりごろ、次のオーディションを受けました。それが「スウィングガールズ」です。
ずっと女優を続けられるのか自分でもわからなかったので、一応就職のことを考慮して、です。ただ、大学3年になった頃から1限目の授業のために起きるのがものすごくつらくなって(笑)。「朝早い仕事は全然平気なのに、大学の授業のためだとなぜ起きられないんだろう」と自問自答し、「もういい、友だちもできたし、辞めよう」と思って両親に相談しました。「親として授業料は払うから、とりあえず辞めるという結論は出さず、籍だけ置いておけば」と言ってくれたのですが、「でも、たぶん行かないな、私」と思って退学しました。

シス・カンパニー公演
「泣き虫なまいき石川啄木」
不遇のまま、若くして世を去った薄幸の歌人・石川啄木だが、彼の日記にははかなげなイメージとは少し異なる生身の青年の姿があった。そんな啄木の日記を「現代最高の戯作者」井上ひさしさんがじっくりと読み解き、啄木の晩年3年間を評伝劇に仕上げたのが1986年初演の本作である。
石川啄木を演じるのは映画「十三人の刺客」で高い評価を得た稲垣吾郎さん、逆境の中で女の意地を貫きながら啄木を支える妻・節子に貫地谷しほりさん、一人息子を愛してやまない母・カツに渡辺えりさん。義姉・節子を気遣う妹・光子には西尾まりさん、啄木の親友・金田一京助に鈴木浩介さん、そして、父・一禎を演じ、演出も手掛けるのは段田安則さん。これまでに数多くの井上戯曲に出演してきた段田さんがどのように「井上ひさしの世界」を描いていくのかも注目したい。
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