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人間も捨てたもんじゃない

「役者になってよかったこと? たまに飲み屋で一品サービスしてもらえることかな(笑)」。一見、強面(こわもて)。だが、笑うと途端に愛敬たっぷりの表情になる。その独特の存在感で、今や日本の映画界になくてはならない俳優の渡辺哲さん。1月14日に公開された映画「ヒミズ」(園子温監督)でもその助演ぶりが光っている。
(取材・文/井上理江 写真/小山昭人)

――映画「ヒミズ」をご覧になった感想からお聞きしたいのですが

自分の芝居を反省し、現場のことをいろいろ思い出すので精いっぱい。自意識が高く、自分のことばかり考えてしまい、まだ客観的に作品として観(み)ることができていないんですよね。

――いつもそうなんですか

そう。伊丹十三監督の「ミンボーの女」の時なんて、試写を観て自分の芝居があまりにふがいなくて「これじゃダメだ、役者を辞めよう」と思ったくらい。その数年後に役所広司さんから「『ミンボーの女』の哲さん、よかったよ」と言ってもらえたお陰でようやくちゃんと観ることができました。

――今回の「ヒミズ」の現場はどんな感じだったのでしょう

熱気にあふれていました。リハーサルが3日間あって、そこで通し稽古(けいこ)を行い、現場では1回だけリハーサルをしてそのまま本番へ入りました。その流れが役者としてはすごく気持ちよかった。園監督はその場で役者を見てくれているので、すごく安心感もありました。

――役者を見ていない監督もいるのですか

北野武さんは現場を見ないんです。「用意、スタート」という掛け声もないし、撮影が始まっても役者に背中を向けてずっとモニターを見ています。初めて武組に参加した時はなかなか要領を得ず、「おれのことが嫌いなのか?」と思いましたね(笑)。

――「ヒミズ」では東日本大震災ですべてを失い、ホームレスになった男性を演じています

撮影も終盤を迎えた5月末、被災地へ行きました。津波が3階まで来たという小学校があり、当時は避難所になっていたのですが、その小学校の前にある家で撮影しました。そこは実はスタッフの実家でした。「2階までぐちゃぐちゃでもう壊すしかないので自由に使ってください」と提供してくれたわけです。

被災地では、あまりに衝撃的で強烈な現実を目の当たりにし、異様な緊迫感が常に僕の中にありました。現地の人が僕らに「頑張ってくださいね」と声を掛けてくれるのですが、「みなさんも頑張って」なんて安易に言えなかった。いつもなら言うんだけど。もしクランクイン初日にこのシーンを撮っていたら、ちゃんと役を全うできたかどうかわからなかったですね。

――それはどうして

映画での役はあくまで明るく、どこか夢のような世界で生きているホームレス。被災地での衝撃を引きずっていたら、あそこまで陽気に演じることができたかどうか。そう考えると被災地での撮影が最後でよかったなと思います。

(写真)渡辺 哲さんプロフィール

1950年愛知県生まれ。東京工業大学中退。75年劇団シェイクスピアシアターの旗揚げに参加。85年黒沢明監督の「乱」で映画デビュー。その後、幅広いジャンルの映画、テレビドラマで活躍。主な出演作として映画では「ミンボーの女」(92/伊丹十三監督)、「ソナチネ」(93/北野武監督)、「HANA―BI」(98/北野武監督)、「嫌われ松子の一生」(2006/中島哲也監督)、「ビルと動物園」(08/齋藤孝監督)、「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」(10/錦織良成監督)、「冷たい熱帯魚」(11/園子温監督)など。舞台の近作として「ドレッサー」(10)、「姉妹たちの庭で」(11)、一人芝居「校長失格」(11)などがある。特技は英会話、乗馬、柔道2段。

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