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すべて海に学び、海に教えられた

海に潜って47年。これまでに3万時間近くを海の中で過ごしてきた。そんな中村征夫さんでも「海から足を洗おうと思った」ことがある。1993年、北海道南西沖地震の時だ。奥尻島で高さ30メートルの大津波に襲われたのである。その経験があったせいか、昨年の東日本大震災の際、仕事ができないほど落ち込んだ。だが「原因は地殻変動であって海の責任ではない。むしろ海だって被害者じゃないか」と気持ちを切り替えることができ、オファーを受けていた映画「日本列島 いきものたちの物語」の水中撮影を開始したという。
(取材・文/井上理江 写真/小山昭人)

――映画「日本列島 いきものたちの物語」では熱帯魚カクレクマノミの生活に密着して撮影されました

監督から「魚を主人公に家族愛を表現したい」と言われ、カクレクマノミを選びました。誰からも好かれる可愛らしい容姿ですし、回遊魚みたいに動き回らず、一カ所にとどまっているので生態を追いやすいと思ったからです。

――どんな魚ですか

結構闘争心があって、カメラを向けるとぶつかるくらいまで向かってきます。ふだんはイソギンチャクの中に複数で生息。母親がボスで一番大きい。でも、その群れの母親が死ぬと2番目に大きかったオスがメスに性転換して母となり、繁殖していきます。敵に立ち向かうのもメス、すなわち母親です。父親はイソギンチャクに隠れて「お母さん、お願い」みたいな感じでいるだけ(笑)。といっても、海の生き物はほとんどがそう。基本的に女性が強いんです。

――撮影のため、レンズの開発から開始されたそうですね

小さくて動きの速い魚なのでなかなかピントが合わない。そこで、手前から奥まで同時にピントが来てくれる「虫の目」というレンズを業者に開発してもらいました。半年以上掛けて改良を重ね、1センチまで近寄ってもシャープに撮影できるようになりました。今回はほとんどこれで撮影し、今までにない魚の群れのアングル、海の中の風景などが表現できていると思います。でも、かっこ悪いんです、このカメラ(笑)。ボディーから長い筒がギョローンと出ていてその先にレンズがあるのですが、何か恥ずかしさを感じる形で。撮影中、近くに来たダイバーたちにも水中メモで「不思議な形のレンズですね」と笑われました。

――現場ではどんな大変さが

カクレクマノミの卵が孵化(ふか)する瞬間の撮影が全然うまくいきませんでした。沖縄でまず大失敗。孵化は水深が深いと潜るのに危険だし、浅いと波のうねりでカメラが揺れる。だからまず水深6、7メートルのベストな場所にいるクマノミを見つけ、卵を探し、見つけたら孵化しそうなタイミングを狙って潜りました。それを何日も繰り返しました。すごく繊細な魚でライトや人が近づくだけでも孵化しないのですが、こちらも次第に要領がつかめてきて、撮影終盤に勝負をかけるつもりでいたら、台風が来て卵が全部なくなってしまった……。

――それで、どうしたんですか

いったん東京へ戻り、眠れない日々を過ごしました。すでに映像の編集も始まっていて、どこかで区切りをつけないといけない時期に差し掛かっていました。とはいえ、誕生のシーンがないと海のシーンがほとんど使われなくなってしまう恐れもある。それはあまりにも悔しい。それで、もう少し粘りたいと監督にお願いし、奄美大島で撮影を再開させてもらいました。ここでもかなり苦労しましたが、最後に何とか撮影に成功しました。

(写真)中村征夫さんプロフィール

1945年秋田県生まれ。20歳の時に独学で潜水と水中写真を始め、後に専門誌のカメラマンを経てフリーランスとなる。国内外の海や自然、人々、そして環境を含めて精力的に取材。ライフワークの東京湾を始め、空港建設で揺れる石垣島、白保、九死に一生を得た北海道南西沖地震・奥尻島でのフォトルポルタージュ、諫早湾のテレビリポートなど、社会性のあるテーマにも果敢に取り組み、報道写真家の顔も持つ。スチールのみならず、CM、劇映画、ハイビジョン映像も手掛ける。さらに、公演および出版物、テレビ、ラジオなど様々なメディアを通して、海の魅力と環境問題を伝え続けている。「全・東京湾」「海中顔面博覧会」で第13回木村伊兵衛写真賞、「海中2万7000時間の旅」で第26回土門拳賞受賞。2009年11月に、故郷秋田県潟上市・小玉醸造の酒蔵に中村征夫写真ギャラリー「ブルーホール」オープン。

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