最初はシュノーケリングで、素潜りからスタート。どうすれば撮れるのか皆目見当がつかず、試行錯誤を繰り返していました。24歳でプロダクションに入り、そこから職業としてカメラマンを始めるわけですが、当時は海のことも全く無知で、思えばひどいことをしていました。沖縄へロケに行った時なんて、海パン一丁でボンベを背負って水中を撮影したりして。しかも、水面に顔を出したら潮が引いていたので、船まで行くのにサンゴ礁の上をその格好ではっていったことがあるんです。ばりばりっとサンゴが折れる音を聞きながら。
罰当たりって言われてしかるべき行為です。その時の反省と償いの気持ちもあって、サンゴを守るための運動にかかわっています。でも、無知というのは怖い。そういうことをしてしまうんです。
サンゴは島の人々の防波堤の役割を果たして守っています。植物プランクトンを蓄えているので、それが光合成をして膨大な酸素を供給してくれている。その量はアマゾン熱帯雨林の比ではないと言われています。しかも非常に美しく、貴重な観光資源でもある。いろんな面で私たち人間を支えてくれているんです。藻場(もば)も干潟もそうですよね。
そう。それもあって一昨年から森と海のつながりをテーマに撮影を開始しました。特に沿岸部は海と森の接点。森から届いた栄養が凝縮されている地点であり、地上の大気と人の暮らしが交わる所。自然や生き物たちの食物連鎖の原点なんです。その沿岸部を大事にしなければ、海も森もバランスを一気に崩します。なのに、そこに放射能を流すなんて、全く信じられないことです。
もっと多くの人にサンゴ礁、干潟、藻場が広がる沿岸に目を向けてほしいと思っているので、様々な視点から森と海と沿岸部を撮影して回るつもりです。すでに、森を知るため山登りを始めています。沖縄の山にも昨年行きました。近々故郷、秋田の冬山にも登る予定です。僕の肩書もそのうち「山岳水中写真家」になるかな(笑)。もちろん、山専門に撮影している人にはかなわない。でも、日本各地の森と沿岸、そして海のつながりを一つのテーマとして追っている人はほとんどいないと思うので、僕がやろうかなと。四十数年かけて海から学んだことも生かせるのではないでしょうか。
でも実は、今の仕事が人生最後の仕事とは思っていないんです。よく人間にはチャンスが3回あるって言うでしょう。最初はこの世に生まれたことで、二つ目は海に目覚めて水中写真家としてやってきたこと。そして三つ目はこれから決めようと思っています。そうだなあ、秋田弁でコントでもやるべが(笑)。お笑いが好きなので、コメディアンになれたらいいなと思っています。
(更新日:2012年2月3日)

ライカの引き伸ばし機。中古だったのですが、相当高かったです。20年ほど前、写真展のために購入しました。
落語家の林家木久扇師匠。どんなこともネタにして芸人として常に笑いを提供してくれている。あんなふうにユーモアを人に与えられるようになりたいなと思います。
レニ・リーフェンシュタールが、85歳の時に出した写真集「珊瑚の庭」。僕は彼女が80歳の頃、一緒にモルディブで潜ったことがあるんです。その時も80歳とは思えないほどステキな方だなと思っていたのですが、85歳で写真集を出すとは本当に驚きでした。彼女は「ヒトラーの恋人」と誹謗(ひぼう)中傷され、一時期第一線から姿を消すのですが、1970年代に入って裸族の写真集「ヌバ」を発表して再起を遂げ、世間に衝撃を与える。しかも海中でも写真を撮り、写真集まで制作してしまう。そのバイタリティーはすごいです。
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