石ノ森章太郎さんの漫画でテレビドラマにもなった「ホテル」の東堂マネジャーは、あらゆるトラブルに冷静に対処し、斬新な企画を次々と打ち出す。
この東堂のモデルになったと言われる人である。スタッフへの目配りも欠かさず、ときには私生活にまで踏み込んで相談に乗る。「ホテルは人にはじまり人で完成する」がモットーだ。
帝国ホテルで実習し、ホテル経営学では世界最高峰の米コーネル大で学び、ニューヨークの高級ホテル、ウォルドルフ・アストリアで修業した。帰国してニューオータニに勤めていたころ、20周年記念広報誌への作品を頼みに訪ねた石ノ森さんにホテルマンについて語ったら、逆に魅了してしまったのだ。
「いえ、当時、そういう経歴の日本人は、犬丸(一郎・元帝国ホテル社長)さんと僕くらいでしたから」と面はゆげだ。
東京では、高級ホテルが相次ぎ開業する「2007年問題」が話題。しかし、そんな喧騒(けんそう)から600キロも離れた北海道の洞爺湖で、「ザ・ウィンザーホテル洞爺」の再建に取り組む。
新千歳空港から列車を乗り継ぐこと1時間半、さらにバスに揺られて40分という立地は不便だ。でも、標高600メートルからのパノラマは360度遮るものがない。正面に洞爺湖、左に羊蹄山、後方には内浦湾が広がる。
売り物に据えたのは「食」。大自然の魅力が、仏の片田舎にある三ツ星レストランで、世界中からの誘いを断ってきた「ミシェル・ブラス」と、白洲正子さんが愛した京都・花脊(はなせ)の摘み草料理の店「美山荘」に出店をうんと言わせた。いずれも本店以外のはじめての店だ。「日本初の本格高級リゾートホテル」として話題をさらい、客が一泊あたりに使うお金が平均5万5千円という高さは、世界のトップクラスと肩を並べる。
懲りないヤツだと言う人もいる。客室400の白亜の建物はかつて北海道経済の負の遺産と呼ばれた。旧北海道拓殖銀行が過剰融資した地場の建設会社が約700億円を投じたが、97年に拓銀が破綻(はたん)し、半年後の98年に閉鎖。地元の疲弊ぶりを考えれば、いまも複雑な思いを寄せる人がいても不思議でない。
長崎・ハウステンボスのホテルを成功させたあと、拓銀の末期に請われて運営に携わった。地元の若者を積極的に採用してきた。何よりの誇りは、一から育てたホテルマン、ホテルウーマンが、顔を輝かせながら働いていることである。
大手ホテル時代には左遷もしばしば経験した。「粗っぽい性格で、生意気だったから」
ホスピタリティーについて語らせたら止まらないのに、自分の話になるとすごくシャイだ。ホテルオーナーの飯田亮(まこと)・セコム最高顧問は「良賈(りょうこ)は深く蔵す」(賢者は学徳を隠す)と評す。取材が終わると、空気になったかのようにホテルの中に吸い込まれていった。
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