旅館の女性といえば、「着物のおかみ」のイメージがある。でも、この人は「おかみさんとは呼ばないで」と言う。着物も着ない。白のジャケット、黒のスカートにハイヒールを履く。
由布岳のふもとに広がる山里に、玉の湯は敷地3千坪、15の離れを持つ。昨年10月、その3代目社長に就任した。全国に6万はある旅館の社長のうち、女性、しかも30代というのは「聞いたことがない」(専門誌編集長)というほど珍しい。
創業50年の玉の湯は由布院の「3宿」の一つに挙げられ、JTBが宿泊者に聞いた満足度アンケートでは、全国に百数十軒しかない90点以上を9年連続で獲得。女性誌の「訪れてみたい宿」特集の常連である。なじみ客には林真理子さんやつかこうへいさんらがずらりと並ぶ。
専務時代、取材を受けた原稿に「若おかみ」と書かれると、「桑野和泉」と書き直した。なぜ女性だと、着物を着たおかみでなくてはいけないの? どうしてどこの旅館も同じようなサービスの仕方なの? 「スーツ姿にこだわるのも、日本旅館の定番を壊したいという私なりの闘いモードの象徴」という。
旅館では珍しい各部屋専用インターネットを完備した。旅館では当たり前だった料理の部屋出しも一部やめた。離れは遠いので、運ぶ間に冷めてしまう。
従業員は頻繁には部屋を訪ねないが、呼ばれたらすぐに出向くようにする。古来の旅館のもてなしを残しつつ、プライバシーはおかさない、ほどよい距離感を保つ。「引き算の美学」と自分で名付けている。
父の2代目社長で現会長の溝口薫平さんは、亀の井別荘の中谷健太郎さんらと町づくりに奔走、辻馬車を走らせ、音楽祭を開いて、寒村だった由布院の名を全国に知らしめた。町あってこその旅館であり、旅館は地域を表現するステージだというのが父の教えである。
湯布院町の観光客は1960年代前半には40万人前後だったが、02年には395万人に。不況にあえいだ温泉町も多い中、ここ数年の伸び足は順調だ。
この人は市民グループの四つの代表や世話人を務め、由布院温泉観光協会の専務理事として宿の料理人を集めた研究会を催したり、車の乗り入れ禁止の取り組みに参加したり。そのほか県の経済同友会常任幹事、総務省の過疎問題懇話会委員など、全部で肩書は10以上。いまや由布院の顔としても注目される。
こんな風に書いてくると、肩で風を切って歩く姿を想像するかもしれない。でも、そんな気負いとは無縁。赤や黄など目立つ色の服はまとわない。妙な「がんばりずむ」は表に出すなという、これは母の教えだ。
この春、京都の桜守に1本の紅八重桜を植えてもらった。常連客だった小林秀雄から贈られた桜の隣だ。父が築いてきた基盤に、新しいものを取り入れていくのが自分の役割だという。
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