95年12月13日。しんと冷えた朝の空気を吸い込むと、決意を胸に空路、東京へ飛んだ。目指すは首相官邸だ。手には、風呂敷に包んだ1万4千人の署名簿。村山富市首相の代わりに応じた野坂浩賢官房長官に、町の一部を占める日出生台(ひじうだい)演習場への在沖縄米軍の実弾射撃演習の移転反対を訴えた。
東京から由布院に戻って4度目の秋に問題は持ち上がった。
計画された演習場は、宿が密集する町の中心部から車で10分のところ。演習がはじまれば砲弾の音が響くだろう。由布院ブランドの根幹である山里の静けさ、安心して歩ける町並みが壊されないか。
「癒やしの里に米軍は似合わない。でも、住民の7割は無関心層です。彼らの意識を変えるには、反対運動の闘士でもない、政治にも詳しくない、母親としてごく普通の日常を営む私がものを言ってこそ、共感を得ると思った」
いち早く行動を起こした。「湯布院の将来を考える会」を発足、署名活動を始めた。宿泊客にも声をかけ、10日余りで町の人口を上回る署名を集めた。
ネットでの国内外への情報発信、町民集会で旗を振りかざしての訴え、沖縄への視察、識者へのアンケート……。この人が出したアイデアを、若い世代の仲間が次々と実現した。町ぐるみの反対運動は、全国的にも注目を集めた。
1年半に及ぶ運動は97年4月、移転の正式決定とともに終わる。今年も演習があり、砲弾の音がドーンと聞こえた。しかし挫折感の一方で、運動を通して得た財産は大きかった。一緒に活動した町の人たちとの間に築かれた信頼感、地域社会での自分の場所、「溝口薫平のお嬢さん」から「桑野和泉」へ――。
確かな手応えを感じた。
旅館に卵や野菜、鶏肉を仕入れてくれる農家は、当時知り合った農家の後継者たちだし、旅館で働く女性が安心して子どもを預けられる施設づくりは、仲間の女性と発足したNPOが一役買った。運動で培った人とのつながりが、今の旅館経営を支えてくれている。
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