1915(大正4)年4月17日生まれ、というからもうすぐ91歳になる。月刊誌「日本古書通信」の社長で、古書の町、東京・神田の神保町の生き字引、「ミスター神保町」と呼ばれる。近所の喫茶店は5代前から知っているし、通う理髪店は4代目だ。今年、90歳で新著「書痴 斎藤昌三と書物展望社」を出版した。
真っ白の豊かな髪、すらりとした姿、抜群の記憶力。とてもその年齢を感じさせない。毎日、自宅から駅まで徒歩10分、西武線、地下鉄を乗り継ぎ御茶ノ水駅下車、神保町のオフィスへまた10分歩く。この10分ずつの歩きが体にいいという。
「あんまり変わらなかった神保町も最近、変化が起きてね」
33年に兵庫県明石から18歳で上京、以降70年余、この町を見続けた。再開発などで老舗(しにせ)がいくつか店を閉じた。一方で本郷や早稲田の古書店は減っているのに、ここは増加傾向という。店舗を持たずインターネットで取引する古書店が郊外から集まってくる。「古本の世界で神保町の名は信用があるんです」。取引もネット経由が急増、古本屋歩きの本が人気を呼ぶ。
本郷の地理関係書店・古今書院に小僧として入り、使い走りで東大の先生らを知る。後に兄敏夫が創刊した「日本古書通信」の編集を手伝う。神保町ではステッキをむんずと握った岩波茂雄が闊歩(かっぽ)し、堀辰雄は店のいすに座って話し込んでいた。
63年から古書通信社長。昼は兄が起こした古書店・八木書店の店員として古書の仕入れ、販売、夜は古書通信の執筆、編集を長年続けた。今も毎月、同誌に3、4本コラムを書いている。スタッフ4人、B5判60ページ、本や古本屋を巡るエッセーやニュースが満載の読書家向け雑誌で、これまで森銑三(せんぞう)、柴田宵曲(しょうきょく)、木村毅らそうそうたる書誌学者、愛書家が執筆、知る人ぞ知るの雑誌だ。
夏目漱石の自筆はがきを、弟子の鈴木三重吉の遺族から預かったことがある。飼っていた猫の死亡通知というユーモラスなはがきで、弟子数人に書き送った。これをデパートの古書即売会に出したが「朝日新聞がそれを記事にしてね。あとで三重吉のご遺族から、なんで記者に教えたんだ、記事を見た小宮先生にしかられたよ、と苦情をいわれたなあ」。53年5月12日の夕刊の記事。漱石の一番弟子格の小宮豊隆が健在だった。
本について楽しげに語る八木さんだが、村上春樹の原稿流出事件にふれると、顔を曇らせた。村上の自筆原稿が担当編集者の手で古書業界に流れ、高値で取引された。公になる前、その出版社が2度も八木さんを訪ね、村上原稿の行方を聞いたという。「どこに行ったか、古書店の目録にでも載らない限り、私らもわかりませんよ。古本屋が盗品を扱う仕事とみられるのは、たまりませんね」
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