――神保町の古本屋街の現況はどうですか
古本屋は現金商売で日銭が入るから、店を閉める例はめったになかったが、最近、松村書店さんや奥野書店さんが閉店して残念です。でも、新しい人も参入してます。ここには160軒くらいの古本屋があるようですが、競合してつぶれないのは、それぞれ専門があるからです。
――最近話題の新古書店については、いかがですか
いわゆる古本でなく、最近出版された新しい古本を安く売るというやり方ですね。内容でなく定価の何割と機械的に仕入れている。本は安いものだという印象を与えていますね。
――上京後、ずっと神保町ですか
1935年に徴兵検査があったが、僕は丙種合格で、結局戦争にはいかなかった。その年は軍縮の時代で甲種が少なかった。だから中学の同窓会にでても戦死者が少ないんです。45年に田舎に疎開し、47年にまたここに戻りました。戦前はすずらん通りによく露店の古本屋がでていましたね。戦後すぐはデパートでよく売れました。今みたいに期間限定の古本市でなく、常設の古書部があった。何しろ当時はほかに並べる商品がないんだから。地下の食料品売り場なんて漬物だけで、タクアンのにおいがすごかった。私も上野の松坂屋の古書部で、10年近く仕事をしていました。
――古本屋のイメージも変わりました。生き方にあこがれて開業する人もいます。
昔は店に小僧で入って見習いをして、その後独立でしたが、最近は本が好きで、いきなり古本屋を開く人もいます。インターネットでの取引だと店舗がいらないから、入りやすい。ここ数年、土地、部屋代が安くなっているしね。こわいおやじが奥でにらんでいる、というイメージから、何か自由なライフスタイルと見られる傾向もあるようです。今、古本ブームといわれますが、古本屋ブームが正確かな。
――掘り出し物との遭遇は
戦後しばらくたった頃、青森のある町のリンゴ農園の地主から、蔵書や書画を見てくれ、と言われ、でかけました。その中に森鴎外直筆の俳句の画帳があった。「燕(つばくろ)や泥をべたりと紙の上」という句で、鴎外全集の口絵でみたことがあった。まあ、そんなに名句とも思えませんが(笑い)。よくこんな地方にあったと驚き、買い入れました。デパートの即売ですぐ売れたと記憶しています。そこには与謝野晶子、鉄幹夫婦の写真などもありました。
――作家とも面識がおありだったとか
永井荷風の千葉県市川市菅野の家に、兄と印税を渡しにいったことがあります。「ぼく東綺譚」の私家版を八木書店が復刻した時です。汚い畳の部屋で裸電球がぶら下がる家でしたが、これから浅草に行こうとなると、ぼろ服を目の前で脱ぎ捨て、白いワイシャツ、背広に着替え、待たせてあった新聞社の車に乗った。私は遠慮したのですが、荷風はわざわざ車から降りてきて、まだ中に乗れるよ、といって袖を引っ張るのです。変人と言われてますが、案外親切な人と感じましたね。
――荷風の「断腸亭日乗」の56年4月13日の項に、「八木書店主人」というくだりが出てきますね。この日ですか
復刻版ができたのがその年ですから、たぶんそうでしょう。主人というのは兄のことです。
――本の魅力は何でしょう
人は死んでも、書いたものは残る。読書は、古人と対話しているようなもので、精神的につながっているわけです。ページをめくりながら、繰り返し読んでいくのは楽しい。
――この1月、新刊「書痴 斎藤昌三と書物展望社」(平凡社)をお出しになりました。斎藤昌三は、装丁、造本に工夫をこらし、凝った本を世に出した人ですね。
ええ。愛書家、蔵書家としても知られ、若い頃からずっとお付き合いいただきました。斎藤さんは本について知らないことはなかった。昔は和漢洋、いずれもたいへん博識の人がいたものですが、今は専門が細分化して、こういう人が出にくいのですかね。今度、この本の特装版を作りました。限定20部、表紙に和本の袋の絵を、裏表紙には斎藤さんからのはがきを張り付けました。「生涯現役」と書いたしおりを入れるつもりです。自分の本の特装版は初めてですが、91歳の記念ということです。
――お元気そのものですが、健康法は
盲腸や前立腺で短期間入院したことはあるが、大病はありません。それに今も毎月原稿を書き、「古書通信」にもらった原稿もみんな目を通しています。日本酒毎晩1、2合、ロングピース20本も変わりません。酒、たばこをやめようと思ったことはないですね。まあ健康法なんて考えないのが健康法かな。
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