年商10億円。ホリエモン氏なら、数秒で稼ぎ出してしまう額かもしれない。しかも、この規模にこぎ着けるまで、30年もかかった。
出発は牛小屋だった。岐阜県高山市内の農家の牛舎兼納屋を借り、獣のふんのにおいの中、友人5人とその家族で木工工房を立ち上げた。資本金80万円、初年度の売り上げは「たぶん300万円くらい」。
隣接する清見村に8ヘクタールの山林を坪2千円で買って移り住んだものの、そこは先住者が逃げ出していった土地で、電気も電話も線が届いていなかった。
そんな工房をやりくりしてきた稲本さんに、トヨタ自動車が富山県境・白川村に持つ土地の利用で相談を持ちかけたのは、5年前だ。白山中腹に広がる172ヘクタール。住民が合掌造り十数棟を残して73年に離村、その土地家屋をそっくり買い取ったものの、81年の豪雪で2軒を残して倒壊し、使う手だてがないまま放置していた。
荒れ地は今年4月、自然教育を兼ねたリゾート「トヨタ白川郷自然學校」として再生した。稲本さんが校長を務め、運営の基本的な部分を任されている。
飛騨の風土に根付いて30年の実績を環境や地域との共生を模索するトヨタが評価した形だ。
木が育つペースに合わせて成長してきた。30年たって、まだ一人前でないと思っている。工房の名が由来するナラの木なら、直径はまだ20センチ。この太さではろくなものができない。
「苦労した木が好きなんです」という。素直一途で育った木はタケノコ杢(もく)と呼ばれ、加工は容易だが、人間と一緒で、おもしろ味に欠けるそうだ。
強風や寒暖差など、強いストレスを受けた木は繊維が複雑によじれ、ときに「ちぢみ」と呼ばれる独特の木目を形成する。漆を塗るとそこがぱっと輝く。
創業30年の記念になるような製品を作りたいと思っていた。樹齢300年ばかりのトチの木があった。20年ほど昔、ひねくれぶりが気になって丸太のまま買ったものだ。パルプ原料として十把一絡(じっぱひとから)げで引き取られ、紙にされかねない木だった。
製材すると、見事な「ちぢみ」が現れた。二度と巡り合えないような逸材で、長径3メートルものテーブルができた。今夏、世田谷区の玉川高島屋で開かれた創業30年展に300万円で出品すると、開場3分後に売れた。買ったのは老人ホーム。そこに置かれ、お年寄りに長くなでられて過ごす。
客もまた30年がかりで育ってきた。「100年持つって聞いたけど、本当だね」とユーザーが実感するまで、どうしてもそれだけの時間がかかるのだ。
30年後、ホリエモン氏の会社があろうがなかろうが、オークヴィレッジは、相変わらず木を挽(ひ)いたり漆を塗ったりしているだろう。業容が劇的に拡大していることもないと思われる。
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