世界遺産の候補になっている石見(いわみ)銀山は江戸時代、世界有数の産出量でその名を広め、約80年前に閉山した。一時は数万人が暮らしたとされる地元(島根県大田〈おおだ〉市大森町)は山あいの典型的な過疎地となり、いまは500人ほどの集落だ。
出雲空港から西へバス、JRなどで約2時間。そこから大都会の有名百貨店など各地に、自らデザインした服飾ブランド「群言堂(ぐんげんどう)」を送り出しているのが、この女性である。
高島屋、松坂屋、三越などの一部店舗に置いた渋い色や柄の和風デザインの商品が、団塊の世代の女性客らを惹(ひ)き付けた。新たな出店要請も相次ぐ。
夫の大吉(だいきち)さん(50)が社長を務め、二人三脚で運営する会社・石見銀山生活文化研究所の年商は約10億円だ。
稼ぎをつぎ込んで、地元の朽ちかけた空き家を買い、町並み復興も手がけた。その結果、観光客だけでなく、ここで暮らしたいという若者や内外の芸術家らが集まるようになった。周辺地域に比べて、人口減にも歯止めがかかった。
だが、彼女は言う。
「地域おこしの運動というより、ビジネスの一環としてやっているんです」
三重生まれの彼女は、名古屋で知り合った夫と結婚。81年、夫の実家の呉服・雑貨店があるここに来た。3人の娘を育てながら、パッチワーク風の小物など雑貨を作った。それが事業になり、94年には和風衣料の分野に、うって出た。
夫や仲間と語り合った上での決断だった。その輪に加わった中国人留学生が「みんなで議論して決めることを中国では『群言堂』と言う」というので、ブランド名に採用した。
一方で、「一帯を昔の暮らしをいま楽しめる場に」と、会社と彼女名義で計約2億円を投じ、空き家5軒を再生した。
実家の向かいは会社のショールームに。数軒先の電気のない民家をろうそくの光だけで過ごす空間にすると、従業員や住民の集会場になった。築230年の武家屋敷は、ゲストハウスにしようとさらに修復中だ。
広島県内にあった築270年の茅葺(かやぶ)き農家もここに移築し、会社で働く従業員の休憩施設にした。
さらに、都会と地元の女性が語り合うイベントを催すなどの活動ぶりで、政府の「観光カリスマ100選」に選ばれた。
群言堂の店には、土壁や格子戸風の飾り付けとともに、銀山の写真と「昔の栄華の跡だけですが、美しい緑に囲まれた町で、ものづくりをしています」というメッセージがある。
たとえば、年1億円を売る小田急百貨店町田店(東京)の店には、「町並みや暮らしが思い浮かんで」と石見銀山まで飛んで行った得意客もいる。
もはや商品を売るための道具ではない。「田舎の魅力」そのものを商品にしてしまった。
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