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追跡!フロントランナー

信念と自らの行動力を信じて、各界で疾走する「フロントランナー」たちに迫ります。
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第十五回 「群言堂」デザイナー 松場登美(まつば・とみ)さん 〜石見銀山の「田舎暮らし」を商品にした〜

beフロントランナーロゴbeフロントランナー 2004年2月21日付け紙面から
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転機
夜行で出向いた東京の見本市で「勝算」

都会にある「群言堂」店内。木の格子戸、竹、水車などで石見銀山の雰囲気を演出する=東京都町田市の小田急百貨店で

三重県芸濃(げいのう)町で、豆腐店の四女として生まれた。

高校卒業後に勤めた津市の画材店で、子ども向けのかわいらしい文房具を上手にさばいた。その商才を見込まれ、名古屋市内の生活雑貨店にスカウトされた。

アパートの隣室に暮らしていた、当時学生の大吉さんと結ばれた。夫はその後、菓子会社に勤めたが、生活は苦しく、妻は布の端切れから小物を作る内職を始めた。結婚から7年たち、夫が家業の呉服・雑貨店を継ぐというので、石見銀山について行った。

過疎の町で、家業の方もままならない。「嫁入り道具」のように名古屋から持ってきた段ボール10箱分の端切れで、妻は小物を作った。夫が松江や広島の駅や、県庁の売店、百貨店の催事場などに行って、売り歩く生活が始まった。

87年、夫の友人の助言に従い、東京での見本市にカントリー調の生活雑貨品を出すことにした。

夫婦は夜行列車で上京した。参加する多数のメーカーの中で埋没しないように、と展示ブースを3区画も借りた。石見銀山の写真や、近所で借りてきた竹細工や桶(おけ)などの民具、手作りのわら草履などで飾った。

これらが人々の目を引いた。メーカーや専門店から次々に取引を申し込まれ、名刺は束になった。

妻は、なるほど、と思った。

「田舎の魅力が武器になり、価値にもなるんだ」

手元には商品が十分になく、改めて連絡をとることにしたが、2人は「売れる」と確信した。

地元に戻るなり、夫が銀行と交渉し、当時の年商に近い約2千万円を借りた。空き家だった実家の向かいの民家を買い取った。

2人の商売の「城」にしようと取引先を迎えるショールームに改装、89年にオープンした。

石見銀山とその古い町並みや暮らしぶりを、商品拡販の「武器」にするという発想の誕生だった。

ここを拠点に、カントリー調の生活雑貨を「ブラハウス」ブランドで全国展開し、雑貨ブームに乗った。それが、その後の和風服飾「群言堂」の成功にもつながる。

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