高校1年の国語の授業で、オーストリア生まれの登山家ハインリッヒ・ハラーがアイガー北壁初登攀(とうはん)の体験をつづった「白い蜘蛛(くも)」と出合った。中学生のころから関西の山に登っていたが、「山登りをしている者は」と尋ねる教師に、胸を張って手を挙げられる自信はなかった。その悔しさが、アイガー北壁を目標とさせた。さっそく、アルプスへの遠征費用をためるための貯金箱を作ったという。
同時に、将来は山の仕事に就こうと決めたとき、独立は28歳でと思い定めた。とくに当てがあったわけではない。25、26歳では準備不足、30歳を過ぎては遅いと考えたからだ。
高校を卒業後、二つめの勤務先だった大阪の登山用品店を辞めたのは、23歳のとき。店内の人間関係のトラブルが原因だが、新婚旅行から帰って2日目のことだった。
その店で、山の話が合うことから親しくなった客に退職のあいさつをしたところ、自分が勤めている商社に来ないかと誘われた。彼のもとで担当した繊維について実務を重ねた。
75年7月31日、28歳の誕生日。かねての目標どおり、商社を退職する。入社を誘ってくれた商社マンにはその年の5月、山スキーをしながら退社の決意を伝えた。「そうか」とだけ、答えが返ってきた。
翌日から、大阪市西区立売堀に借りたビルの一室に通った。そこに毎日、電話がかかってくる。「調子はどうか」「元気にやっとるか」。彼だった。
起業に加わった2人の山仲間もそれぞれ会社を辞めての、いわば背水の陣。最初の製品を探しているところに、またも彼がヒントをくれた。それが、デュポン社の中空繊維だった。
出会いに支えられて、初志を貫いた31年間。
「自分の足で歩くから1メートル前のことを覚えているし、1メートル先のことが見えます。頂上はそこにあって、そこに登ろうと思って歩き出したのですから」
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