――ブランド管理会社とは聞き慣れない言葉です
他の洋菓子店と同じように、百貨店から声がかかれば出店していました。一時的に売上高は伸びますが、いずれ飽きられるのではという不安がありました。例えば、自らモノを作らず多くのメーカーとライセンス契約を結んだブランド商品が市場にあふれている。結果、ブランド価値を下げている。対極にあるのがエルメスやルイ・ヴィトンです。彼らは自ら商品をつくり、ライセンス契約は結ばない。我々もできないことはないと思った。
――アンリを辞めて、新会社の社長に就任しました
57歳の時です。60歳が潮時と考えていましたから。アンリを客観的に見る必要があると思っていたし、作り手側の論理が優先した商品になっていないかという気持ちもあった。その後、西武百貨店で店長を務めた松村はるみさんが社長に来てくれ、経営も安定している。
――何から始めましたか
新会社を設立した直後に市場調査をしました。予想以上にブランド力は落ちていた。関西では知名度はあるのですが「昔、よく芦屋のアンリでデートした。そのときの相手が今の家内です」など、過去の話題ばかり。関東では知名度もブランド力もゼロに近かった。ショックでした。で、原点に戻ろうと思いました。アンリはパリの洋菓子。もう一つの「シーキューブ」がイタリアを志向していましたから、差別化するためにもパリにこだわった菓子にしようと、パリの大手デザイン事務所に店舗・パッケージのデザインを依頼しました。
――商品も大きく変えたと聞いています
パリ視察で使う定宿のシェフ・パティシエを日本に招き、当社を含む日本の50種類以上の洋菓子を味見してもらった。彼は「これはフランス菓子のようだが、日本の菓子だ」という。「ウチの菓子もか」と聞くと「そうだ」。競合店と差別化できているというのは思いこみでした。彼を年に何度か招いて指導してもらおうと考えました。でも忙しくてかなわない。02年に思い切ってパリに研究所を設立。今では常駐スタッフが彼と新しい洋菓子を創作しています。年3回、彼らが創造したケーキを「パリ・コレクション」として販売しています。
――販売員の髪の長さまで決まっているそうですね
ブランド管理会社が担当するのは、商品や包装紙だけではありません。売り場の備品にも目を配ります。セロハンテープのホルダー、はさみ、ボールペン、計算機……。すべてアンリのイメージに合うモノにそろえました。お客さんにとって売り場は非日常の世界。ダスター(ふきん)や消火器、ごみ箱は見えない所に置くよう指示しています。
――ご自身で選ぶのですか
私も判断しますが、ブランドごとにクリエーティブディレクターを選任しています。アンリでは、デザインコンサルタントの島田一郎さんと契約しています。まだ日本企業では少ないのですが、海外ではグッチを再建に導いたトム・フォードらが有名です。
――効果は出ていますか
実は03年秋ごろから売上高が伸び悩んだ。グラマシーニューヨーク、ケーニヒスクローネなど新興の洋菓子店も少なくない。つくり手本位になり、お客さんをおろそかにしてしまった。今年の仕事始め、社員にも「成功体験にあぐらをかくな」と話し、プライスカードから見直した。商品説明も詳しくしました。昨秋から売り上げは急回復しているが、ブランド管理会社がなかったら気づかなかったかもしれません。
――東京での知名度は高まりましたか
何とか。03年に銀座に路面店を開設した効果です。75年ほど前に建てられたロマネスク様式のビルを改装し、仏人デザイナーに内装を依頼した。パリのアパルトマンをイメージした店です。結果、多くの雑誌に取り上げてもらった。2年前には芦屋にも路面店を出しました。ここではクレープ・シュゼットも出していますし、百貨店では販売してないデザートも用意しています。
――今後の戦略は。株式公開は考えていますか
デザイン重視の洋菓子ブランドを立ち上げたい。視察にいってもアパレルのショーウインドーを見る方が多い。父が大手ディスプレーの乃村工芸社の社長でしたし、弟は画家です。そういう血筋なのかもしれません。ただ、洋菓子の世界から出ることはないでしょう。
阪神大震災の後、証券会社や銀行から上場を随分と勧められました。ちょっと考えましたけど、今のように敵対的買収が頻繁に取りざたされているようでは上場できない。しなくてよかったと、ほっとしています。
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