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追跡!フロントランナー

信念と自らの行動力を信じて、各界を疾走する「フロントランナー」たちに迫る! BS朝日の人気番組「be on TV」で放送された中から、選りすぐってお届けします。
beフロントランナーロゴbeフロントランナー 2007年8月25日付け紙面から
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転機
震災で地域社会のありがたみ感じた

「お客様が望む洋菓子とは」。社内会議では、遠慮ない議論が続く=芦屋市船戸町で

95年1月に起きた阪神大震災。兵庫県西宮市の自宅で、今までに経験したことのない強い揺れを感じた。

早朝、歩いて芦屋の本店に出向くと、重いショーケースは傾き、2階では非常ベルが鳴り響いていた。近くの人工島にあった工場周辺は液状化し、機械は使い物にならなかった。ともに倒壊は免れたが、ライフラインは止まり、すぐに稼働できる状況にはなかった。

一方、大阪・梅田の阪急百貨店本店の担当部長からは「早く生産できる態勢を整えてくれ」と強い要請を受けた。アンリの売上高は当時、1日200万円を超えていた。阪急にとっても欠かせない存在だった。

芦屋を含む阪神間は「灘五郷」で知られ、造り酒屋が多い。生産再開に欠かせない水は、知り合いの造り酒屋から融通してもらった。

生産ラインは業界大手のコンフェクショナリーコトブキの尼崎工場に間借りさせてもらい、なんとか生産態勢を整えた。

「地域の協力がなければ再開は不可能だった。地域社会のありがたみを感じた。何とか地域に恩返ししたい」

本店は1カ月後に営業を再開した。「こんな非常時にぜいたくなケーキ、喫茶なんて誰も振り向いてくれないだろう」との不安は強かったが、店内を春の花で飾った。食器を洗う水は貴重だったが、紙コップではなく陶器の食器を使った。

開店と同時にお客さんが入ってきた。「花がきれいね」「ケーキも並んでる」「ちゃんとした食器で食べるのは久しぶりやわ」――。本店近くの市役所に設けられた避難所で寝泊まりするお客さんもいた。予想以上の反応だった。ケーキを食べながら会話が弾む。震災直後の光景とは思えなかった。

「お客さんの反応を見てうれしかった。日本人にとって洋菓子は必需品になっている。この商売を始めてよかった」

開店日の売上金はすべて、芦屋市に寄付した。

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