
――周りと違う道を選んできた生き方には、家庭環境も影響しているようですね。
何かにつけて極端な性格は父に似ています。きょうだい全員が大卒のなかで、「商売をする」と商業高校を中退してでっち奉公に行き、菓子店を開きました。
商売は下手でした。近所のスーパーが安売りすると、対抗して仕入れ値より安く売っちゃう。負けん気というか自己満足ですよ。僕が100万円単位の赤字を出しながらフリーペーパーをつくるのとどこか似ています。
――どんな姿が自分と重なりますか。
父は、お客が商品を手に取ると「あんまりおいしくないですよ」って言うの。相手はびっくりして「じゃあどれがおいしいの?」と必ず聞きます。そこで店として売りたい商品を「個人的にはこれです」と薦める。お客は必ず買っていった。これって、広告の原点ですよね。
――余暇は何を?
余暇と仕事の境目がないんです。ゼロ余暇、いやオール余暇。一度エンジンを切るとすぐには立ち上がれない性格なので、止まっていてもアイドリング状態。うなぎ屋や焼き鳥屋が秘伝のタレを20年間つぎたし続けてる感じです。
――10代のころはミュージシャンになりたかったそうですね。
拓郎さんや陽水さんにあこがれるフォーク少年でした。大学祭ではギターに曲目リストを張り付け、校内を「流し」てました。いまも暇があればギターを弾いています。
歌詞中心に歌を聴くので断然、邦楽派。仕事でミュージシャンに会う時は、いまでもドキドキします。そういう意味では、なりたかった自分に近い仕事をしているのかも知れません。
箭内さんが長いスランプから脱するきっかけとなった「パトロール」の相方、博報堂クリエーティブ・ディレクターの木村透さんは「発想が面白くて、僕の好きなノラネコ体質を感じた。営業フロアでひそかに見つけたエサ場をゲリラ的に攻めるにはうってつけの相棒だった」と言う。
営業局には小さくても面白い仕事が眠っていた。担当者に直接「やらせて」とかけ合い、一緒にやったプレゼンテーションは数知れず。「最も評価しているのは、すべてを肯定する態度。センスや感性という以前に重要なポイントです。得意先や出演者の思い、周囲の状況に対してもとてもポジティブで、肯定する力をクリエーティブの力に変換できる人です」
ロックバンド「THE BACK HORN」のリーダー松田晋二さんはCMの撮影で知り合って以来、同じ福島出身ということもあって意気投合。2人で「ゆべしス」というバンドもつくった。作詞で箭内さんが選ぶ言葉はシンプルだが核心を突き、松田さんはいつも「やられた!」と思う。「音楽も広告も『いま何を伝えたいか』とつねに向き合っている。相手の要望をきくだけでなく、必ず自分のメッセージも込める訓練を積んでいる。自分が空っぽだったらできない技ですよ」
(後藤絵里)
(更新日:2009年11月04日)



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