
頭蓋骨(とうがいこつ)が置かれた部屋の外には、手足の骨などを縛り付けたパネルが並んでいる。隣には骨をかたどったファイバーアート。サイエンス系の特別展のはずなのに、現代美術展の会場に似た空気が漂う。
東京・本郷にある東京大学伊藤国際学術研究センター。そこで開催中の異色の展覧会「生きる形」(9月1日まで、日曜・祝日休み)を企画・監督した。「説明板はつけてません。「命ってすごい」でも「嫌だ」でもいい。観覧者にはあの場の空気を感じてもらえればと思ってます」
できる限りの動物の死体を集めて、彼らに問いかける「遺体科学」を標榜(ひょうぼう)する。原点は、自らも学んだ獣医学の剖検(死亡原因を究明するための解剖)だった。
「剖検は毎日のように行われます。でも、今の解剖学に死体を大切にするという考え方はありません。単なる手続きとして死体に対面し、仮に死因が究明できたとしても、その後、死体は平然と捨てられる。最近では、死体を「臭い」という大学教授さえいるんです。遺体科学は、この状況を私なりに何とかしたいと考えた末に生まれました」
その実際は遺体との格闘だ。たとえば体重5トンのアジアゾウ。「ゾウがなくなりました」という一報を受けると、遠藤さんは翌日未明には動物園を訪れる。そしてスタッフの手を借りつつ、自らその皮膚にナイフを入れる。
調べるのは病気だけではない。ゾウの筋肉がどういう神経にどのように支配され、どのような筋力を生み出し、あの巨体を動かすのか。ゾウに関する新たな知見を少しでも多く得ようと努力を続ける。
「5トンのゾウを血だらけになって担がなくても、もっと簡単に標本を入手する方法はあると思います。でも、私はゾウが欲しければ、研究者は現場で力を尽くすべきだと思う。ゾウを飼ってきた動物園の人たちの気持ちを理解し、くみ取れなければ、遺体の引き取り手としては失格ではないでしょうか」
とはいえ、ゾウの標本づくりは大ごとである。解剖後、ゾウの遺体を腐らせるために必要な穴は、3メートル×5メートル。生半可な大きさではない。
そんな時、遠藤さんは緊急招集をかける。「すべてを投げうってもらい、研究室メンバーの総がかり。他にも手伝ってもらえそうなOBや知り合いをかき集めるんです」
埋めた遺体は頃合いをみて掘り出し、きれいに洗って計測。収蔵庫に収める。骨を傷めないよう、この時も人海戦術だ。「埋まっているはずの小さな骨を探して3日間、穴の周囲を掘り続けたこともあります。力業ですね」
それでも、「動物の死体を引き取ってもらえますか」という連絡に対し、遠藤さんの答えは常に「イエス」だ。
サイ、キリン、クジラ……。猟師さんの協力を得て、ニホンジカやイノシシなどの狩猟獣も収集する。「いつ、どこへでも行きますし、何から何まで集めます。異なる動物を比較することで見えてくるものがありますから」

1965年、東京都台東区生まれ。カトリック系の小中高をへて、東大農学部へ。小学校の神学の授業では、天地創造と進化論の是非で同級生と議論を戦わせた。「私の勝ちだったんですが、神父様は「でも世界にはこういう教えが必要な人たちがいることを忘れないで」とおっしゃった。進化論と信仰の折り合いのつけ方として感動しました」。
動物の遺体を求め、東奔西走する日々。「皆さんが考えるような形での休みはありません。家族(妻と娘)と過ごす時間がそれにあたるのかな」
友人で野生動物学が専門の押田龍夫・帯広畜産大教授は「一言で言えば、エネルギッシュ。「疲れた」という言葉を聞いたことがない」と話す。「一度決めたらテコでも動かない。日本哺乳類学会大会を2009年に初めて国外で開いたのも、彼の提案がきっかけ。ぼくは押し切られ、最後までつきあわされました。まあ、結果は大成功だったんですが(笑)」



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