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なんとなく編集部からも文句を言われそうな題材を、今回はテーマにしたい。僕は本物と見間違うくらいよく出来た「パチもの」時計をいくつか持っている。持ち込み禁止、になる前に買ったものもあれば、こっそりとプレゼントしてもらったものもある。何もそれでひと儲けするつもりはないので、大事にとってある。最近のものはよく出来ている代わりに高いらしい。うーん……と眺めるたびに、なんとも得も言われぬ気持ちになる。腕に着けてもみるのだが、知っているだけに「パチもの」感が腕からぷんぷんと漂う。恥ずかしいからこれで人前には出て行けないな、と、ふと思う。そして、そう思う自分をまた、恥ずかしいと思う。
なぜ「パチもの」だと恥ずかしいんだ? じゃあ恥ずかしいからといって、本物を買ったとしよう。本物は「パチもの」とほとんど変わらないだろう。そりゃあ、よーく見れば、ディテールに違いはあるだろう。でもきっとそれだけなはずだ。「本物」であるという、得体の知れない実態のために何十倍、いや、何百倍のお金を支払う価値なんてあるのか……。 「パチもの」はけっこう正確に動いている。「本物」はこれの何十倍も正確ではないはずだ。と、考えていくと、なんだか世の中のものすべてが幻想で成り立っているような気がしてくる。こんなちっぽけな「パチもの」が人生を教えてくれる。
まあ、ちょっとした冗談は許されるだろう、と思って、「パチもの」をつけて腕時計専門誌の編集長に会った。彼は会って3秒のうちに僕の腕時計に目をやり、「初めて見た!ぜひ見せてくれ!」と言い、しばらく手にとって見たあとに「すごい!ありがたいものを見せてもらいました」と言った。そのくらい「パチもの」はよく出来ている。
ただ、彼の名誉のためにこういう推測をしてみた。彼は「パチもの」だとすぐに見抜いた。でも、僕がそういうものを「つかまされた」のだとしたら気の毒だと思いやって、本物のリアクションをした……。いや、そんなことはないな。ものすごくうらやましがっていたもの……。
「パチもの」の話の次に、こんな話をしたらさぞかし顰蹙(ひんしゅく)を買うだろう、と思いながらもこんなものを紹介しようと思う。J.M.ウェストンの靴、である。僕は「高い」靴だと思うが、そうでもない、という人もいるらしい。靴はオーダーで作ると50万円を下らないらしいから、まあ、そういう人は何でも「本物」を持ってください、といいたい。さて、ウェストンの靴には30歳の時にパリのシャンゼリゼ通りで出会った。入り口の小さな、でも武骨そうな靴屋で、いっぺんで好きになった。ディスプレーされていたスエードのローファーを買おうとしたら、やぶにらみの店員が足のサイズを測るという。足をはかりの上に乗せると、こいつはやたらぎゅうぎゅうと指先を押す。おかげで普段は8ハーフのところを7だという。いや、これでは小さいというと、これがおまえのサイズだ、と言い張って絶対に譲ろうとしない。仕方なしに7を買って、毎日のように履いたけれど、伸びるどころか、出来るのはまめばかり。3万円損をした、と思った。その後、日本でも買えるようになって、僕はここぞとばかりに8ハーフを買った。ほらみろ、これが僕のサイズだよ、と思った……。いやいや、そんな話がしたかったんじゃない。
その後20年ほど、僕は服の趣味が変わって、ウェストンの靴を履かないでいたのだが、ついこのあいだ、なんだか気分かな、と思って20年ぶりに出してきて履いてみたのである。そうしたら、これがまた今の気分にぴったりだったんだな。靴を一生ものとして大事にする、という発想が僕は好きだ。服は一生ものにならないものが多いけれど、靴は案外なったりするかもしれない、と思う。特にここの靴はそういうところに価値があると思う。シュークリーム(食べる方ではない)を買ってきて、靴磨きをしているとき、なんだかやたら至福を感じる今日このごろである。

(2009.06.29)
松任谷 正隆(まつとうや・まさたか)
音楽プロデューサー
1951年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。
20歳のころよりプロとしてスタジオ活動を開始し、数多くのセッションに参加。その後、アレンジャー、プロデューサーとして多くのアーティストの作品を手掛ける。
1986年に設立した「マイカ音楽研究所」では、自ら校長として後進の育成にも力を注いでいる。長年に亘り「カーグラフィックTV」でナビゲーターを務めるなどモータージャーナリストとしても活躍。日本カーオブザイヤー選考委員。

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