
僕は確かにカメラ少年でした。フジペットでカメラに入門し、ミノルタオートコードという二眼レフをいつも首からかけて歩いていたことを覚えています。
当時何を撮っていたか、はっきりは覚えていませんが、チャンスとあらばすかさずファインダーをのぞいていたことだけは覚えています。それが見ず知らずの他人であったとしても許された時代でした。現像から帰ってきて「これ、誰?」と母親によく言われたものです。今だったら間違いなくカメラを向けたその瞬間からいやな顔をされるでしょう。だからシャッターボタンまで行かないでしょうね。それどころか、カメラが好きなのにもかかわらずカメラを持ち歩くのさえ億劫(おっくう)になりました。いいカメラが欲しくても、どこで使うのかと考えると触手が萎えてしまいます。
いったいいつからこんなふうになったのか・・・。確かに今はあかの他人にカメラを向けられるとそれだけで暴力的な何かを感じます。人のシャツをめくって裸を見られるような、そんな気分でしょうか。やめろよ、といいたくなる。にっこり、なんていう時代はもうとっくに終わっているのを感じます。それは僕のような立場の人間でなくても、つまりまったく顔を公にしていない一般の人たちまでがそう感じているのだから時代は変わったんでしょう。
ネットの投稿ページが悪いのか、カメラつき携帯が悪いのか、いや、写真週刊誌が悪いのか、僕には分かりません。何とか昔に戻りたい、と思っても、きっとそれは無理なんでしょう。人が増えるということはそういうことなのかもしれません。
25年位前、初めて行ったロサンゼルスは信号が黄色になると急ブレーキを踏んでも停まるという町でした。それが今ではどうでしょう。東京と同じ。黄色は進め、です。人が増えると文化が変わるのはどこの国でも同じことのようです。
(2007.07.30)

松任谷 正隆(まつとうや・まさたか)
音楽プロデューサー
1951 年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。
20歳のころよりプロとしてスタジオ活動を開始し、数多くのセッションに参加。その後、アレンジャー、プロデューサーとして多くのアーティストの作品を手掛ける。
1986年に設立した「マイカ音楽研究所」では、自ら校長として後進の育成にも力を注いでいる。長年に亘り「カーグラフィックTV」でナビゲーターを務めるなどモータージャーナリストとしても活躍。日本カーオブザイヤー選考委員。

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