
今年6月に創業100周年を迎えた会社「ニチロ」が、記念に、昔の魚介缶詰5種類6缶を復刻した限定セットをつくり、関係先に贈った。わたしは今から30年前に籍を置いていたダメOB社員だけれども、なんでも集めるのが趣味なので、この珍しい限定品をいただいた。
ニチロといえば旧社名「日魯漁業」のアケボノ印サケ缶詰が有名で、日本の家庭に缶詰サケの味を普及させた会社だ。昭和30年代、我が家でご馳走といえば、夕食のおかずに出るサケ缶詰だった。大きなお皿にたっぷりと大根おろしを載せ、そのうえにサケを煮汁ごと空けて、上から醤油をたらす。これを一家5人で分け合いながら、熱いゴハンとともに掻っ込む。中骨も皮も一緒に食べるので、とにかくうまかった。文明の味ってこれなのだ、と思ったものだ。ところが大人になると缶詰をおいしく感じなくなり、サケ缶にも感動しなくなった。
そこへ、この復刻版である。昔、ニチロは豪華なタラバガニの脚肉詰め、毛ガニの缶詰もたくさん生産していた。これらはほんとうのご馳走なのだが、やっぱり庶民のご馳走はサケ缶だ。なんと、今回は昔どおりのおいしさで、思わず目をみはった。なんでこんなにうまいのだろうと、説明書を読んだら、釧路沖で取れた新鮮なカラフトマスを昔どおりに手詰めでパックした、とある。なるほど、わたしが子どもの頃に食べたサケ缶は、サケマス缶詰工船が獲れたばかりの鮮魚を船内で加工して缶詰にしたものだったのだ。最近の缶詰とは、「サシミ」と「冷凍」ほども違うフレッシュな食品だったと、知った。
昔のサケ缶がほんとうにおいしかった理由がわかり、ふたたび缶詰がなつかしくなった。
さっそくサケ缶を買いに行ったら、なんと、昔の味をよみがえらせた「あけぼのさけ復刻版」が市販されているではないか。そのほか、味にこだわった魚介缶詰が最近はたくさん販売されている。缶詰も「極める」方向に動きだしたのなら、すばらしいことだ。
ちなみに、100周年を迎えたばかりのニチロが、マルハと統合することになった。社名は変えても、サケ缶の味を変えてはいけないと、心から願っている今日この頃だ。
(2007.10.01)

荒俣 宏 (あらまた・ひろし)
1947年生まれ。慶応大法学部卒。博物学者であり、小説家・翻訳家。「世界大博物図鑑 第2巻 魚類」でサントリー学芸賞。ビブロマニア(書籍蒐集マニア)としても有名。ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」の解説を務めた。

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