

世界的に地球温暖化への心配が高まっている。日本でも急に関心が集中しだしたのは、なんといってもゴアさんが来日して、今年のノーベル平和賞を獲得する決め手となった警告映画「不都合な真実」を宣伝したことが大きかった。でも、日本人は古くから、ゴアさんのように声高には叫ばないが、環境をまもるための知恵を実践しつづけてきた。その「極み」ともいうべき実例を、琵琶湖で見る機会を得た。
琵琶湖は豊かな湖で、水産物だけでなく水運やら農業やら、果ては日本文化や信長や秀吉の天下取りにまで、大きな力を与えた。今でも、近江には水を汚さずに活用する工夫が随所に見られ、自然環境を保全する暮らし方の百科事典のような文化を育て上げた。なかでも、西近江にある新旭町の針江地区は「生水(しょうず)の郷」として知られ、街を歩くと家のかたわらを流れる小さな側溝に、なんとアユの群れが泳ぎ、子どもが網でアユをすくっている!
この地区では豊富な湧き水を各家に引き込み、川端(かばた)と呼ばれる石の升に水を溜め、まず飲料水、つづいてお茶碗など炊事の洗い物、そして洗濯やら農作物の水洗いに使い、その水を水路に流す。でも、水路はまったく汚れないから、モロコやニゴイなどの子がたくさん泳いでいる。じつは、食事のあとのお茶碗や生ゴミを、川端にはいりこむ大きな鯉(こい)の群れがぜんぶきれいに食べてくれるのだ。カレーの残りがはいったおなべを川端につけたら、鯉がわっと集まってきて、カレーをきれいに舐めてしまったのには驚いた。洗濯場でも洗剤は使わない。水路の清らかさを守るのは住民全体の責務だ。この水でつくった豆腐とお酒もいただいたが、じつにうまかった。湧き水なので、だいたい14度前後の水温だから、夏は冷蔵庫代わりになるし、冬は水仕事してもあたたかい。水の力だけで省エネが実現されている。
街の長老の方が、近くの川へ漁に連れて行ってくださった。じつに澄んだ水で、底が見える。赤いザリガニがたくさんいた。「毎日水路を掃除してないと、この清らかさは保てないよ。でも、ザリガニは昔はいなかったがね」と、教えてもらった。琵琶湖の岸辺では、富栄養化を防ぐ葦原の保全にも力が注がれている。この暮らしぶりは、ゴアさんの話以上に説得力があった。
(2007.10.29)

荒俣 宏 (あらまた・ひろし)
1947年生まれ。慶応大法学部卒。博物学者であり、小説家・翻訳家。「世界大博物図鑑 第2巻 魚類」でサントリー学芸賞。ビブロマニア(書籍蒐集マニア)としても有名。ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」の解説を務めた。

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