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「どらく編集委員」通信

高齢期の恋愛を考える どらく編集委員 森永卓郎さん

役所の研究会などで、定年後の暮らしをどうするのかという話をするときに、必ず外されてしまうのが、高齢期の恋愛の話です。

年齢を重ねても、多くの人が恋愛に興味を持っています。もっとはっきり言えば、恋愛をしたいと思っています。そして、恋愛をしている人は、ほぼ元気なのです。性への執着が生への執着につながっているのです。

ところが、日本社会では高齢者の恋愛は、どうみても、タブーにされているようです。なぜ高齢者は恋をしてはいけないのでしょうか。

一つの可能性は、相続権のある配偶者や子供が、財産を奪われるのを懸念しているということでしょう。老いらくの恋に落ちて、見境がつかなくなり、いままで営々と貯めてきた資産をどこの馬の骨とも分からない人に取られたらかなわない。そう考える気持ちは、まったく分からないではありません。

しかし、高齢者の財産は、高齢者自身が稼いだものですから、本来は本人のものです。ですから、よほどおかしな使い方をしない限りは、自由を尊重すべきでしょう。

もう一つの可能性は、「高齢者になったら、愛だの恋だの言うべきではない。恋愛は若者の特権で、そもそも高齢者になったら心も体も衰えてくるのだし、恋愛なんて成立しないだろう」という考えがあることです。

私は、この考え方もおかしいと思います。性的関係があるかどうかは別にして、年老いてからでも、美しさに心ときめくということは、絶対にあるのです。

私は、サインを求められると、必ず「素敵な愛を」という言葉を添えています。ただ、この言葉は自分で考えたのではありません。

兼松左知子さんという82歳の女性がいます。新宿区の女性相談員として、歌舞伎町の女性たちの相談に乗りながら、彼女たちの実態を分析している在野の研究者です。彼女の研究成果は『閉じられた履歴書』(朝日文庫)という書籍にまとめられています。私は、彼女の類い稀な研究能力と女性たちに対する優しい眼差しが好きで、一度お話しをしたいと思っていました。そしていまから10年ほど前に、ついにそのチャンスが訪れました。ある講演会に兼松さんと私が同時に招かれたのです。

私は彼女の本を携えていき、控室でサインをねだりました。ところが兼松さんは、「私はサインをするような人間ではありませんから」と固辞されました。私は粘りました。どうしても彼女のサインが欲しかったからです。

根負けした兼松さんは、少し考えた後、私の差し出した本に、そっと「素敵な愛を」と書いたのです。少し照れ臭そうに、頬を赤らめながら、本を返してくれた兼松さんの目をみた瞬間、私は兼松さんに恋をしてしまいました。誰よりもきらめいて、美しかったからです。兼松さんは、その時すでに70代でした。

残念ながら兼松さんとお会いしたのは、その一度きりですが、私が書き続けている「素敵な愛を」というセリフは、兼松さんへの思いでもあるのです。

(2007.10.01)

森永卓郎

プロフィール

森永 卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。80年に東大経済学部を卒業、日本専売公社(現日本たばこ産業)、経済企画庁、UFJ総合研究所などを経て現職。

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