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先行き不安な日本の医療。「将来、自分自身が高齢者になったとき、今と同じ質の医療サービスが受けられるのだろうか……」と不安を感じる読者も多いのではないでしょうか。こうした不安は情報通信技術(ICT)を活用した遠隔医療が広まると、質とコストの両面で満足できる医療サービスを実現できる可能性が高いのです。そこで、情報組織論とコミュニティー論が専門で、国や自治体と連携して遠隔医療プロジェクトの実験を行っている金子郁容慶應義塾大学教授に、日本の医療の未来がどう変わるのかをうかがいました。

<スペシャルインタビュー> あと数年で遠隔医療は一気に広がる

「病気にならない生活」の基盤づくりにつながる

金子郁容慶應義塾大学教授。遠隔医療プロジェクトの実験に取り組んでいる
――情報通信技術(ICT)を活用した遠隔医療が広まると、将来、私たちが受ける医療サービスはどのように改善するのでしょうか?

金子:ネットワークを使った遠隔医療の実現は、コストと質の両面で、医療サービスを良い方向に向かわせる有効な手段です。日本の医療施策は国民皆保険制度を含め、世界的に優れていると評価されています。しかし、それでも医療リソース(医師や医療従事者、医療機関の数)は常に絶対的に不足・偏在しています。ネットワークを用いることで、原理的には、医療リソースの有効な配分ができ、必要な人が必要なときに適切な治療をより受けやすくなり、また、個人の健康管理が格段にしやすく、病気を未然に防ぐ大きな助けにもなるでしょう。「原理的に」と言ったのは、それを実現するには、これまでの社会的な慣例や医療サービス提供体制を大きく変える必要があるからです。

――具体的にはどういうことが可能になるのでしょうか?

金子:たとえば、東日本大震災の被災地では発生からしばらくは各地からたくさんの医師チームが来ていました。現在はこうした医師たちが所属している地域や組織に戻り、結果として被災地の深刻な医師不足は基本的に変わっていないか、被災によってより深刻化しています。大きな被害を受けた地域の医療を支援したいという気持ちがある医師が全国に大勢いることは、災害直後の多くの支援活動で分かったのですから、ネットワークを活用した遠隔医療や健康管理を行う体制がうまくとれれば、被災地の状況が改善するはずです。もちろん、それには、これまでの医療サービス組織の連携を進める必要があります。

状況は都市部においても、同じですね。たとえば、独居の高齢者や小さなお子さんのいる家庭など、通院でご苦労されている方は、都市部でも大勢いらっしゃいます。薬をもらうだけのために何時間もかけて病院に行くという状況は、過疎地だけのことではない。ICTを活用することで自宅からデータを送信でき、必要に応じたテレビ電話などでの受診ができるようになれば、ずいぶんと治療や生活が楽になるはずです。

――病院にいかなくても、医療サービスが受けられると時間の節約になりますね。これまでにどんな改善例がありますでしょうか?

金子:遠隔医療は、患者と医療機関の間の、また、医療関連組織間の連携がスムーズで密接になることで、今後、現実的な選択肢になっていくでしょう。総務省と厚労省が合同で設置した懇談会が公表した「中間とりまとめ」がひとつの契機となって、また、通信やICT機器の標準化と価格低下が急速に進んだことによって、医療連携の具体例が増えています。現実のニーズに応えつつ、低コストでの遠隔医療の実証実験がかなり広範囲に進みました。

私たちのチームや関連したグループが取り組んだもので言えば、東京都奥多摩町や岩手県遠野市などでの社会実験で、ICT活用によるデータのモニタリングや患者間のコミュニティー形成によって、健康状態の著しい改善が見られました。病院に行くことが嫌いなある女性が本人の自覚がない中で、実は、糖尿病が悪化していたというケースでは、夫が参加したテレビ電話を使った遠隔医療実験を傍で見ていて面白そうだからと試しに参加したところ、実は、あと一歩で透析を受けないとならないという深刻な状況であったことが判明しました。このケースでは、テレビ電話を介しての医師による食事や運動の定期的アドバイスを本人が真剣に取り入れたことで、数カ月後には薬を使用しないで血糖値が正常化しました。

他にも、「手術をしないと歩けるようにならない」と言われた高齢の参加者が、地域の遠隔医療実験に参加して、仲間と一緒に運動をし、遠隔システムを介した医師のアドバイスを取り入れて毎日少しずつ散歩をすることで歩けるようになり、ご夫婦で念願の旅行ができたというケースもあります。そのような個別ケースだけでなく、4年間継続してきた奥多摩町での遠隔予防医療事業では、小さな波はありますが、血圧、体重、中性脂肪などの検査数値が緩やかに低下傾向を示し、「高リスク」グループの人数が漸減しています。数百人規模でデータをとっている遠野市での健康増進事業でも個別的に、また、全体傾向として顕著な改善があります。なによりも、多くの人が「健康に自信がついた」と感じています。

遠隔医療と健康管理が広がる環境が整ってきた

――現在、こうしたICT活用の遠隔医療と健康管理の取り組みは、どの段階までできあがりつつあるのでしょうか?

金子:情報技術の進展やそれにともなう世界標準化形成の流れについていえば、医療情報連携が容易に低コストで実現する環境は急速に整ってきています。そのひとつの注目すべき動きがコンティニュア・ヘルス・アライアンスの取り組みです。特に、これまで、ともすると世界の標準化の流れに追いつけない分野が多かった日本で、さまざまなセンサーやモニタリング機器、PCやテレビ電話などについて、多くのメーカーがコンティニュア仕様を取り入れ、それが加速することでコンティニュア標準を採用することがメーカーにとってもメリットがある状態になってきています。もともと、通信機能つきの小型医療用センサーは日本のメーカーが得意とするところで、世界市場でも大きなシェアをもっています。いわば、日本の戦略的技術分野だと言えます。医療情報連携のひとつの基本的な仕組みとしてのSAML(インターネット上でIDやパスワードを交換するための仕様。一度の認証情報の入力のみで複数のサイトで認証される技術)なども現実的な選択肢となり、また、厚労省や総務省でも国の取り組みなどで積極的に推奨しています。ICT活用による遠隔医療や医療情報連携は、ここ数年で一気に広がる可能性が高まってきました。

――これからの健康管理が、どらく世代の将来の生活の充実につながる、恩恵の大きな取り組みです。さらに広がるために、今後、解決しなければならない課題は何でしょう?

金子:情報技術面での進展は急速に広がっているのですが、問題は、社会制度面、組織連携に対する既存の考え方が変わる必要があるということです。これまでの地域医療政策においては、地域が一次医療圏、二次医療圏などと分けられ、基本的にはその範囲で医療サービスが提供されることが想定されていました。また、地域の保健、介護、医療が、ばらばらの機能として連携がとれていなかった。ICTを活用すれば、保健や介護を含む、健康や医療におけるニーズをより広域で対応することができるということは、自明のことです。ただし、実際には、こままでの医療サービスの慣例や医療機関間の思惑の違い、どの組織がどの範囲まで責任を持つのかといった責任体制などが情報連携の障壁となってきました。また、対面医療を原則とする法制度の解釈や医療情報の連携に関する法制度が必ずしもネットワーク時代にふさわしいものになっていないなどの法制度や法律運用についての「障害」を取り払うことが必要になります。

今年2月14日には、税と社会保障に関する政府の大きな取り組みに関連して、「共通番号制度法案」(マイナンバー法案)が閣議決定されました。個人情報の漏えいやプライバシー保護の観点から、共通番号による個人情報連携に不安をもつ人たちもいます。しかし、医療情報については、東北大震災・津波により紙ベースで特定の医療機関だけに保存されていた医療情報が大量に消失。被災者の治療や健康維持について大きな支障をきたしました。医療情報については、しっかりとした構想を作り、その下で情報連携を進める必要とニーズがあります。信頼できる企業や組織に身体データを安心して預けられていつでも引き出せ、必要なときに共有できるようになれば、遠隔医療やネットワーク上で管理する健康サービスは急速に広まっていくでしょう。昨年末、NTTドコモとオムロンヘルスケアが健康医療ビジネスでの提携を発表しました。今後、そのようなアライアンスが進むでしょう。通信や機器の標準化、規格化が進み、多数の企業が参入して競争するようになると、信頼性やサービスの質が向上しますから、マーケットの拡大も加速されると思われます。

――金子先生が考える、理想的な未来の医療サービスとは何でしょう?

金子:情報空間と物理的空間をつなげる病気にならないための医療サービス、つまり、遠隔システムによるモニタリングやアドバイス提供を含む予防医療的なアプローチですね。また、保健・介護・医療の連携です。病気にならない生活習慣が浸透すると、国全体の医療費を大幅に削減でき、税金と医療リソースをより有効なところに配分することもできるようになります。

また、ネットワークという情報空間はいろいろな人とサービスをつなぎます。ここから生まれる複合型コミュニティーは、生活や健康に良い影響を及ぼし、また、個人の社会からの孤立化を防ぎます。日本社会は成熟期に入って人口が減少し、これまでのやり方では医療を含めて、社会的なサービスを維持するのが難しくなることは確実です。ICT活用による医療サービスのイノベーションは、社会と未来を良い方向に変える牽引力になります。

プロフィール

金子郁容(かねこ・いくよう)

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、総合政策学部教授、SFC研究所所長。1948年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。スタンフォード大学Ph.D。ウィスコンシン大学コンピュータサイエンス学科准教授、一橋大学商学部教授を経て、1994年より慶應義塾大学教授。著書に「コミュニティのちから」(共著、慶應義塾大学出版会)、「コミュニティ科学〜技術と社会のイノベーション」(共著、勁草書房)など多数。

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