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有名人のお宝カメラ

あの有名人のお宝カメラ Vol.29 立松和平さん 世界各地を旅する作家が選んだデジタル一眼レフ

−−高校時代は写真部だったそうですね。

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公私ともに旅の多い立松さんが、風景を惜しみ残そうと購入したキヤノンF-1を中央に、右がニコンF4。見たままをカメラに収めていくので、AFはファインダーをのぞかなくても気軽にスナップが撮れると気に入っている。キヤノンEOS40DとEOS Kiss Digital Xは、南極行きをきっかけに手に入れたデジタル一眼レフ。2007年がデジタル元年という

あのころは、ペンタックスSPかミノルタSRかという2大銘柄があって、部内ではペンタ派が多かったけど、ぼくはミノルタSR-7にした。シャッター音にしびれてね。親父が買ってくれました。SR-7と135ミリの望遠レンズを組み合わせて使っていたのは、ぼくくらい。コンテストは出せば必ず入賞していたし、写真部では部長でした。

−−カメラマン志望だった?

そうです。キャパやカルティエ=ブレッソンに憧れていました。究極の存在は土門拳で、筑豊のような硬派なドキュメンタリーをやれたらいいなと。でも、親父に言うのは恥ずかしいから手紙を書いたんです。すると、すごく悲しそうな顔をしてね。ヤクザにでもなるのかという雰囲気になって(笑)。親は引き揚げ者で苦労してますから、そこまで悲しませるならやめようと早稲田大学へ進んだ。大学でも写真部に所属して、大学新聞の写真を撮っていたんだけど、だんだんカメラをもつ機会は減っていった。あのころは写真が撮りにくい環境だったんです。

写真
知床に通いだして30年近くなる。大漁や豊作の知らせが届き、結婚式の仲人も務め、親戚以上の付き合いだという人々は、カメラを向けてもふだん着の顔を見せてくれる
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斜里町ルシャ川で、サケをむさぼるヒグマに遭遇。知床ではクマに対しても恐ろしいという気持ちはなく、「幸福に暮らしたい」という共通の思いを感じるという

−−どういうことですか?

当時は学生闘争があちこちであって、デモっていうとみんなパーッと走っていって撮っていた。だけど、その写真が悪用される可能性があった。デモに参加しただけで就職試験で落とされる時代で、自分にその意図はなくても、写真が「動かぬ証拠」になって誰かに迷惑をかける。それがずっとひっかかっていました。それと金の問題です。親元を離れた貧乏学生にとって、写真を続けるのは経済的にきつい。飯を食ったりする生活費だけでもギリギリなのにフィルム、現像液、印画紙と金がかかる。それでだんだん文学に関心が移っていった。なにしろ、文学は金がかからない。鉛筆と紙さえあればできる。(笑)

−−写真再開のきっかけは?

「ニュースステーション」などのテレビ番組で、リポーターをしたことです。アラスカの氷河の上をヘリで飛んだり、オーロラの生中継をしたり……そんなとてつもない自然を旅するうちに、刹那の風景を惜しむ気持ちがふと生まれたんだね。ぼくは文学者だから、その風景を目に焼きつけて文字で記録すればいいんだろうけど、「いま見えているこの光が、たちまち消えてしまう」と思うとすごく惜しくなった。そのとき、「おれは昔、カメラマンになろうと思ってたんだ」と思い出したんです。撮らないと残らない。それで買ったのが、キヤノンF-1。これはいいカメラだね。電子カメラは寒い場所だとすぐ電池がだめになるけど、F-1はとにかく丈夫。アラスカや知床みたいな、マイナス20度という酷寒地から砂漠まで問題なく使える。F−1は80年代、荒野の旅の友でした。

F-1のあとはニコンF4。AFの初期に出たカメラでピント合わせ不要。ぼくは歩きながら目についたものをポンポン撮っていくやり方だから、クマでも人でも同じように見たまま撮れる。ただF-1もF4も、ウエートトレーニングできるくらい重い(笑)。ぼくのように過酷な土地でたくさん撮りたいという要望を満たしてくれるのは、どうしても重くて大きくて、ちょっと古風なカメラになりますね。

−−デジタルカメラは。

写真
2007年1月。南極大陸をヘリコプターから撮影。白一色の南極だが絶壁の氷壁もあり、地形は厳しい。海のように青く見えるのは、金属のように硬いブルーアイス

じつは今年(2007年)がデジカメ元年。初めて買ったんですよ。重いのは慣れていたけど、旅行が多いとやっぱりフィルムを持っていくのがしんどい。国境を通るたびにX線との戦いでしょう。それでEOS KissデジタルXと40Dを使うようになった。景色の記録は、小説の資料にします。写真に文章つけないといけない仕事もあるのでデジタルは画面を切り替えて、時系列で思い出すのに便利ですね。

(更新日:2008年02月12日)

プロフィール

立松和平(たてまつ・わへい)

立松和平(たてまつ・わへい)

1947年宇都宮市生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中に「自転車」で早稲田文学新人賞受賞。卒業後、種々の職業を経験し、宇都宮市役所勤務を経て、79年から文筆活動に専念する。80年『遠雷』で野間文芸新人賞、97年『毒――風聞・田中正造』で毎日出版文化賞、2007年『道元禅師』で泉鏡花文学賞など受賞多数。著作は300冊を超える。02年には、歌舞伎座上演「道元の月」の台本で大谷竹次郎賞受賞。また国内や世界各地を旅し、テレビなどのメディアを通してリポートし、自然環境保護にも積極的に発言している。

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