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高校2年のとき、アメリカに留学して、映像への興味もあったのでビデオカメラを買いました。デジタルの機種で高かったから、かなり使いましたよ。それからフィルムのリコーR1でもたくさん撮りました。見わたす限り広い田舎の土地でしたので、舗装されていない道が続くところに七面鳥がいるような風景を撮っていました。
デジタルカメラは中国に留学したときちょうど出始めのころで、たぶん100万画素くらいのコンパクトだったと思います。アメリカのときのリコーR1を中国でも使いながら、デジタルでも撮っていました。留学先は北京でしたが、つねにカメラを持っているという感じでした。
――帰国後はお仕事に?
日本に帰るときに「なにをやろうかな」って考えて、言葉を書くのが好きだし、モノを作ることも好きなので、広告の会社に入ってコピーライターの道を選んだんです。でもそのころには音楽活動も始めていて、仕事との両立がむずかしくなってきたので、2008年に会社を辞めてバンド(くもりな)の活動に専念することにしました。周りからは大反対されましたけどね(笑)。それでも写真はずっと撮っていました。会社勤めのころは仕事で知り合った写真家の人に話を聞いたり、植田正治さんの写真展を見に行ったりしていました。植田さんの砂丘の写真は、戦後すぐに撮られたものなのに、「戦争なんてあったのかな?」と感じさせるような世界観が好きです。
――今は写真を発表する場があるとか?
2011年の7月からペンタックスのサイトに「ペンタと私と東京の隙間」という連載をしています。私が撮った写真と私の書いた詩を掲載していますが、ふだん見落としがちな光景や、私が「うっ、面白い!」と思った瞬間を撮影しています。完全に自分目線(笑)。でも写真を撮ろうと思って街を歩くと面白いですよ。あるときは上のほうだけ見ながら歩くとか、日によって視線を変えながら撮影しています。一眼レフが主ですが、最近手に入れたペンタックスQは小さくてどこにでも持ち歩けるので便利ですね。

「アサヒカメラ」(朝日新聞出版)連載「あの有名人のお宝カメラ」より
(更新日:2012年01月10日)

めいりん(Meiling)
1980年、マレーシア人の父と日本人の母との間に東京で生まれる。幼少期をマレーシアで過ごし、16歳で留学先のアメリカの高校でギターをはじめる。大学は中国へ留学し、陶芸を専攻。さまざまな国を訪れて改めて日本語の美しさに魅了され、日本語を使った職業に就きたいと帰国。コピーライターとして働くかたわら、「詩」にこだわった音楽活動を開始。2005年3人のユニット「くもりな」を結成、07年、シングル「ビールどの」でメジャーデビュー。09年、アルバム「かくめい日和」を発表。
オフィシャルホームページ http://kumorina.com/

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