Time 01
世界が日本に注目した
オイルショックを乗り越えた1977年、日本は平均寿命世界一の国になる。キャリアウーマンと呼ばれる女性たちの活躍が注目された1978年、成田空港が開港。「がんばれ!ニッポン!」の1979年、喫茶店はインベーダーゲームに侵略された。東京サミットが開催され、国際社会で日本をアピール。ダイエーが小売業初の1兆円企業となった1980年、「日本に学べ」が、世界の合言葉となった。ソ連のアフガン侵攻に反発して、日本はモスクワ五輪をボイコット。翌1981年には、神戸「ポートピア博覧会」が開催され、地方博の時代が幕を開けた。
The Design Scene 01
新しいライフスタイルをつくった、
ウォークマン
1977年、日立は全自動洗濯機「コンピュータ青空」を発売。このころから、家電製品をマイコンが制御し始める。ラジカセ時代を代表する三洋電機の「おしゃれなテレコU4」が700万台のヒット商品となった1979年、ソニーがウォークマンを発表。従来の、技術主導の商品開発とは逆に、ライフスタイルから発想し、持ち歩く理想のデザインに。より軽量化した1981年型2代目はすぐに250万台を販売。世界中の若者がヘッドフォンで音楽を聴きながら歩くようになった。

Time 02
マネーゲームが始まった
500円硬貨が誕生した1982年、ワープロの低価格競争などでOA機器の個人ユースが広がり、コンパクトディスク(CD)が登場。東京ディズニーランドは、1983年末までに800万人が訪れた。1984年、ロサンゼルス五輪は初の民営方式で行なわれ、五輪の商業化が始まる。1985年、「つくば万博」開催。阪神タイガースが初の日本一となった。男女雇用機会均等法が施行された1986年、新石垣空港や知床国有林伐採に反対するナショナルトラスト運動が起きた。NTT株が注目されるなどマネーゲームの時代に入った。
The Design Scene 02
ゲームになって、
コンピュータが家に来た
1970年代にスタートした個人生活のOA化は、1979年の東芝・日本語ワードプロセッサ「JW-10」や松下電送機器のファクシミリ「My fax」などに進展し、1984年には、アイコンをマウス操作する米・アップル社のマッキントッシュが登場した。しかし、コンピュータをいち早く家庭に普及させたのは、ゲームソフト「ドンキーコング」とともに1983年、任天堂が発売したファミコンで、1985年の「スーパーマリオブラザーズ」は、世界中で4024万本をセールスした。同年の「つくば万博」は、巨大映像や三次元CGによるコンピュータ時代の大型映像展となった。

監修:森山明子・武蔵野美術大学教授
1970年代前半までに、一度完成した主要プロダクトの基本デザイン。それがライフスタイルに合わせ、個性を主張しながら、もうひとランクアップし始めたのがこの時代。技術主導の従来型商品開発から、ライフスタイルを起点デザインを発想するという転換期にもなった時代。新しい価値観をつくった商品がグッドデザインにも登場し、1980年創設のGマーク大賞として記憶されるようになった。
1977年 ポータブルカラーテレビ
CITATION
ソニー株式会社
デザイナー:同社 デザイン室
同名の米国・ジェット機のコックピットをイメージしたというデザイン。機能的な美しさと使いやすさから生まれたデザインは、新鮮で衝撃的だった。
1977年 スクーター
ZEQ/Passol
ヤマハ発動機株式会社
デザイナー:株式会社ヤック 坂紘一郎
スカートの女性が乗れる、操作性のやさしさから生まれた、コンパクトなミニバイク。メカニズムがプラスチックでカバーされ、女性の生活意識を変えた。

1978年 灰皿
GOMシリーズ
富双ゴム工業株式会社
デザイナー:黒川雅之
艶(つや)消しの黒ゴムとヘアラインステンレスという異質な素材を組み合わせたデザイン。デザイナー自らが、企画・製造・販売にかかわったというプロダクト。
1980年 カラーモニターテレビ
KX-20HF1/プロフィール
ソニー株式会社
デザイナー:同社 PRセンター
テレビが、木製キャビネットを脱ぎ捨て、モニターだけになった。ビデオやレーザーディスクなど、新しいメディアに対応するためのデザイン。

1980年 レコードプレーヤー
SL-10
松下電器産業株式会社
デザイナー:同社 ステレオ事業部+インターナショナル工業デザイン株式会社
LPレコードのジャケットと同サイズにデザインされたプレーヤー。外部振動の抑制技術とサイズの追求は、CDやMDなど、のちのオーディオに影響を与えた。
1981年 テーププレーヤー
ウォークマンWM-2
ソニー株式会社
デザイナー:同社 PRセンター
音楽を連れ歩く。今では当たり前のことを可能にしたのがウォークマン。コンパクトなサイズと使いやすいデザインで、行動スタイルの必須アイテムとなった。

1981年 35mmカメラ、エレクトロニックフラッシュ
XA2、A11
オリンパス株式会社
デザイナー:同社 カメラ事業部開発グループ 米谷美久
レンズキャップやケースを不要にし、ポケットに入れた時、生地を傷めない丸みを帯びたデザイン。操作性・携帯性・高機能を備えたメカニカルなコンパクトカメラ。
1984年 小型乗用車
ホンダシビック25i 3ドアハッチバック
デザイナー:株式会社本田技術研究所
「マン・マキシマム+メカ・ミニマム」というホンダイズムを継承し、アメリカ車でもヨーロッパ車でもない「日本車」を目指してデザインされたコンパクトカー。

1986年 レンズ付きフィルム
フジカラー写ルンです
富士写真フィルム株式会社
デザイナー:同社 デザイン室
フィルムにレンズを付けるという逆転の発想から生まれた、画期的なビジネスモデル。当初からエコロジーを意識したリサイクルシステムを実施していた。
1986年 肘付椅子
ニーチェアーX
有限会社ニーファニチア
デザイナー:新居猛
金属パイプとキャンパス地の特徴を生かした、シンプルないす。日本の住居に合う椅子を求めたカタチが、日本発のデザインの良心となった。

森山明子氏プロフィール
武蔵野美術大学教授、グッドデザイン賞審査委員(2002-04年審査副委員長)。東京芸術大学美術学部芸術学科卒業後、特許庁意匠審査官などを経て、1986年日経マグロウヒル社(現:日経BP社)に入社。「日経デザイン」の創刊に関わり、同誌編集長を経て、1998年より現職。
参考資料『100のデザイン、100の物語』
編集協力:財団法人日本産業デザイン振興会
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