デザインを作る人、商品を売る人、使う人。立場の違う人たちに、それぞれ最高のセンスと審美眼を求めて、厳しいことばが飛び出してくる。日本の伝統工芸をデザインに大胆に採り入れ、世界をリードしてきたデザイナー・喜多俊之さんには、目の前を通る自転車の車輪が発する小さな音さえ、好奇心の対象だ。<デザインとはなにか>――いらない暮らしを捨て去り、日常のセンスを磨くという、小さなことから始まることだという。
グッドデザイン賞ができて50年もたつと、デザインという言葉が意味する内容も変わってきました。今こそ、デザインの意味をもう一度、考えておく必要があります。
以前、ノルウェーで行なわれた私の新作発表会で、現地の記者に、デザインとは何か?と質問され、はっとしたことがありました。とっさに、「機能性・安全性・エコロジー・経済性などの調和を探すこと」と答えました。そのうえで、良いデザインとは何かと考えるとき、大きく3つの視点から見る必要があると思います。それは、使う側から見たデザイン、造る側からのデザイン、流通の側からのデザインです。
使う側は、機能性・安全性・経済性など多くの要素のバランスを、造る側やメーカーは利益や社会環境を、流通はブランド性の高い売れる商品を、それぞれ求めます。この三者がニコニコ顔になれる、調和のとれたものを探す、それがデザインです。アートが個、自分のための創作活動とするなら、デザインは人と調和することを考えるハッピー産業です。

デザインは、花に例えることができます。いいデザイン、つまりすてきな花が咲くためには、いい葉、いい茎、りっぱな根、そしていい土壌が必要です。いま、デザインもその背景に目を向け、しっかりとした土壌づくりを始める時なのです。そのために、やらなければならないことが3つあります。
ひとつは、国民の生活レベルの向上。必要なものと不必要なものを見分け、家の中を整理整頓することが必要です。2つめは、経営者がデザインセンスを身につけることです。経営者は、商品化の際のフィルターとなりますから、良し悪ししの判断が自身でできるセンスを培うことが必要です。3つめは、教育です。子供たちが、美しいものと美しくないものの判断ができるようになり、美しいものを美しいと感じとれる目を育てなければなりません。この3つができれば、自然にデザインも良くなると思うのです。
デザインの土壌づくりで一番重要なのは、経営者にデザインセンスが必要だということです。あるテレビのデザインをしたとき、スピーカーのデザインが少し変わっていてアメリカでの販売には適さないということになり、輸出されませんでした。どの部分を見ても無駄なことをしていないロジカルなデザイン、単なるモニターではなく、ニッコリこっちを向いている新しい方向性のデザインだと思っていたので、残念に思いました。その後、同じ製品がミュンヘン、ハンブルグの博物館に永久保存デザインとして収蔵されました。

最近、アジアの経営者に会うと、センスあふれる変貌(へんぼう)ぶりに驚かされます。企業戦略の中心にデザインを据えたのだから、まず自分から変革しなければならない、というのです。経営者は、商品を世に送り出すフィルターなのですから、その質を上げていかなければなりません。現場任せのこれまでと違い、自らのセンスでデザインを判断する時代がやって来ているのです。

デザインという面から、生活レベルの向上や教育を考えるとき、日本の位置を抜きに語ることはできません。日本の自然は、世界でも特等席。春夏秋冬のある、こんなに美しい国はありません。そして、人は、熱い夏には祭りを、厳しい冬には正月、その他にも多くの晴の日を用意して、暮らしと季節のバランスを取ってきました。お月見の時、月が美しいと感じとれる子供に育てられるのも、日本の位置と、そこに生まれ守り継がれてきた伝統文化のおかげです。戦後、一方的に西洋を受け入れてきましたが、これからの暮らしや教育を考える時、日本人のアイデンティティーを大切にしたいと思いませんか。これまで、企業に身を委ねていた団塊の人たちが自分に戻る今だからこそ、生活レベルの向上や子供たちの教育に関わる社会貢献に期待しているんです。

日本の伝統工芸を意識するようになったのは、紙漉(す)きの里を訪ねた1968年。高度経済成長の真っただ中で、機械生産が最高、手作りは時代遅れとされ、千年も続いた里の多くが、紙漉きは自分の代で終わりにするというころでした。私はその職人に「何か、(和紙を)使う方法を考えます」と言い残しました。
2年後、イタリアで照明器具のデザインを頼まれることになったとき、その和紙を使うことを提案したのです。光がきれいだから、と採用され、イタリアの会社が大量の和紙を発注したことで、紙漉きの里が見事に甦(よみがえ)ったという経験があります。日本の伝統工芸は世襲や徒弟制度のため、10〜20代で先代を越えるために切磋琢磨し、モノづくりに魂を込めます。こうした世界でも類を見ない伝統の心を込めたモノづくりを近代産業にも採り入れることで、日本だけのオリジナルが見えてくるかもしれません。
グッドデザイン50年の記念事業として実施したミラノ・トリエンナーレの展覧会は、日本のプロダクトデザイン50年間の歩みを初めて公開したことで、大きな反響がありました。2年前に、中国が「これからの資源はデザイン」と世界に向けて発表しました。2006年には、韓国のサムスン電子がデザイン教育プログラムで、グッドデザイン賞特別賞を受賞しました。日本や世界を驚かせたこのプログラムがスタートして13年。ここから、新しいデザインが次々と生まれています。これからは、国家プロジェクト、企業戦略の中心にデザインを置く時代。世界を見渡した時、「デザインの国」という席はそうたくさんは用意されていません。ミラノの50年展は、日本がデザインの国だと、世界に向かって手を挙げるいい機会でした。生活レベルの向上や経営者のセンスの向上、デザインを見る目を養う教育などの目標を達成し、伝統的なものづくりの心をプラスすれば、日本はデザインの国として、21世紀を生きることができます。
喜多俊之さん プロフィール
環境およびインダストリアルデザイナー
1942年大阪生まれ。環境及び空間、インダストリアル・デザインで活躍。日本を始め、海外からも多くの作品を発表。 近年では、日本の伝統工芸に取り組んだ作品作りやAQUOSのデザインなどで知られている。グッドデザイン賞審査委員長も務める。
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