デザインと我々のライフスタイルはさらに関係が深くなってきている。
なぜなら、良いデザインのプロダクツを使うことで、生活がより楽しくなり、 また、そのデザインの背景を読み取る知的好奇心を満たしてくれるからだ。
日本を代表するプロダクトデザイナーであり、グッドデザイン賞の審査委員を務める安次富隆さんに、「人を喜ばせるデザイン」とは何かを聞いた。
安次富隆(あしとみたかし)
プロダクトデザイナー。1959年沖縄県生まれ。85年多摩美術大学プロダクトデザイン科卒業後、ソニー入社。91年有限会社ザートデザインを設立し、同社取締役社長に。2000年より、グッドデザイン賞審査委員を務める。02年より多摩美術大学准教授。デザインディレクションを務めた、富山県高岡市「HiHill」プロジェクトは04年グッドデザイン賞日本商工会議所会頭賞を受賞。プロダクトデザインの枠にとどまらず、地場産業開発、デザイン教育、デザイン評価など幅広く活動している。


「なぜ、良いデザインのプロダクツを使うとうれしくなるのか?」。我々が日々、おぼろげに感じている疑問に、日本を代表するプロダクトデザイナーである安次富隆さんは、実に明確に答えてくれた。
「道具は人間にはなくてはならないもの。道具というプロダクツがなければ、クラフトやアートもつくりあげることができません。また、デザインはノンバーバル(非言語)のコミュニケーションです。そのため、良いデザインの道具やプロダクツと出会うと、言葉の壁とは関係なく、誰もが見て、使って、喜びになったり、生活が便利になったりします。だからこそ、良いデザインのプロダクツが身近にあることは、我々に楽しさをもたらしてくれるんですね」
安次富さんは「人を喜ばせるモノをつくりたい」という思いでデザインを続けている。
「デザインを目的無しにつくることはありません。目的の良否を見極めるのも、デザイナーの役割。人を喜ばせるモノは、けっして人を傷つけるものであってはならない、と私は考えています。たとえば、遺伝子組み換えの技術の活用などについても、デザイナーがからんでいくべきだと考えています。行き過ぎてしまったら、人も環境も傷つけてしまいますからね」
プロダクツのデザインは、深いところで我々の未来ともつながっているのだ。


安次富さんのデザインの根底に常にあるのが、「最小限のエネルギーを使って最大限の効果を生むこと」。それは学生時代から変わっていないこだわりだと話す。
「僕自身が面倒くさがり屋だからでしょうか(笑い)。余計なことはしたくないんです。プロダクツの目的がはっきりしていれば、余計なデザインを施さなくても、十分に本質や魅力を伝えることができると考えています。そういうデザインは余計な加工をしなくて済むので、手数が少なくなり、より生産効率が上がります」
良いデザインは美しさだけでなく、生産効率の向上やコストダウンにもつながる。つまり、人と環境の両方にやさしいプロダクツを生み出すのだ。
「80年代に学生時代をおくりました。経済成長は喜ばしいけれど、モノがあふれて、次々と不要になった製品がゴミになっていくのが気になっていたんですね。新たな用途を満たすために、次々に新製品が開発されるのだけれど、製品が増えれば増えるほど、メンテナンスや不要になったときの処理の必要性が出てくる。便利になっているようで、実は不便になっているのが、今の私たちの生活なんです。だからこそ、そういう無駄な連鎖が起こらないデザインをつくり続けています」
学生時代から、今、求められている「継続可能なライフスタイル」に合ったデザインを生み出してきた安次富さん。では、安次富さんの作品から、デザインが果たす具体的な役割を読み解いていこう。

一見プラスチック製のように見えるペーパーナイフだが、素材はバルカナイズドファイバーという紙製だ。紙でできたもので、紙を切るという発想が実にユニーク。
「新潟県の地場産業振興のプロジェクト『百年物語』から生まれた製品です。このプロジェクトに参加して、初めてバルカナイズドファイバーという素材を知りました。紙製なので、いつまでもさびないし、不燃ゴミにもなりません。切れ味が鈍くなってきたら、サンドペーパーで磨けばいい。上下ともに刃がついているので、右利き・左利きの両方に対応。誰にでも、そして長く使い続けられる文房具ですね」
実際にPaper Made Paper Knifeで紙を切りながら説明してくれた安次富さん。まるで石器のような原初的なデザインには深い理由があった。
「とにかく最小限の加工でつくりたいと考えたんです。ナイフにつばがあるのは、力を入れたときに手が動いて、刃でケガをしないため。けれど、つばをつけたら手数が増えてしまう。そこで、木の葉のように刃と柄の接点が一番太くなるようにしました。これならば、上と下の曲線2回のカッティングで済みます」
まさに、環境にやさしく、製作過程も最小限にすむ省エネの一品。シンプルなデザインに隠されているストーリーの面白さを伝えるペーパーナイフだ。


安次富さんの「最小限のエネルギーで」という考えを、さらによく表しているのが「CHOCO」である。その名前のとおり、蕎麦猪口(そばちょこ)と同じ形状だが、素材は金属製、木製、ガラス製とさまざま。また、漆塗りや木地目のままなど、多様な表面加工を施したことで、表情豊かな製品群となった。
「デザインをするというエネルギーを省いた作品です。ある意味、究極の面倒くさがり屋の僕らしい作品かもしれませんね(笑い)」
日本の文化には、一器多用の考えがある。その代表が蕎麦猪口だ。あるときは本来の用途である蕎麦つゆを入れて使い、またあるときは酒器にしたりする。「一つのモノには一つの用途」という欧米文化にはない発想だ。
「一器多用な猪口を、一気に多様なバリエーションにしてしまおうと考えたわけです。すず製のものは、冷たいアイスクリームに向いているだろうし、ガラス製だったら夏場の麦茶を飲むのにいい。また、さまざまな素材や加工のものを棚に並べるのは、見た目も楽しいものになりませんか?」
素材や加工を多様にしたことで、何に使うか、手にとる人の用途の自由度が一気に増えた作品でもある。使い方の点でも、デザインは我々の生活を豊かにしてくれる。

沖縄の漁師が使っていた枕と同じデザインのものが、アフリカやアラブ世界で別な用途で使われていたり、素材以外に変えようがないと思われる箸に、新たな機能を加えたり……。 次回のVol.3では、人類の知恵とデザインの関係について、安次富さんが読み解きます。


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