よいデザインのプロダクトが使う人にもたらす喜びとは何だろう。
すてきな形? それとも、使いやすさ?
どちらも満たしてこそ、多くの家庭で長く使われ続けるプロダクツとなるのではなかろうか。
そこで最終回は、生活に密着したプロダクトを数々手がける、インダストリアルデザイナーの柴田文江さんにインタビュー。
柴田文江さん(しばた・ふみえ)
Design Studio S代表。1990年 武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、東芝デザインセンターを経て 、94年Design Studio S設立。エレクトロニクス商品から日用雑貨までインダストリアルデザインの領域で活動。2003年よりグッドデザイン賞審査委員、多摩美術大学非常勤講師。グッドデザイン賞多数受賞。07年にはドイツIFデザイン賞最高位金賞受賞。今回紹介する「けんおんくん」「ZUTTO」のほか、「コンビ ベビーレーベルシリーズ」「無印良品 体にフィットするソファー」「AU by KDDI 携帯 電話 Sweets series・junior携帯」をデザイン。ライフスタイルにマッチしたデザインを提案している。
普段身近に使っている日用品。この日用品こそすぐれたデザインを本当に求められているのではなかろうか。使う人と接する機会が多いものほど、機能と、持つ喜びを感じる形を兼ね備えていなければならないはずなのだが……。
「長く使われ続けている日用品は、あまりに見慣れているために、その形に疑問を感じにくいんですね。こうした固定概念を覆すのが、デザインの力なのです。デザインを変えると、驚くほど使いやすくなるのは、スタンダードである製品に多いんです」
柴田さんは、体温計、炊飯ジャー、あるいはIDカードホルダーなど、日々使うものを数多くデザインしてきた。どれも、それまでの固定概念を覆すデザインだ。
「インダストリアルデザイナーである私自身も、生活者であり、一ユーザーです。だからデザインを考えるときには、素直にどうやったら機能を高め、使いやすくなるかを考えます。生活者視点を持たないと、デザインの正解は導き出せないと思うのです」

「どんな人でも間違いなく使え、使い心地がよいのが、本当の意味でのすぐれたデザイン。コンビニや家電量販店で気軽に買えるプロダクツだからこそ、責任を持って、よいデザインを追求していきたいんです」
普通の人の普通のお買い物感覚を大事にする柴田さん。どういうアプローチでデザインと機能の両立を見いだすのか。
「日々使っているユーザー視点で、なぜこの形につくられているのかを観察します。いわば疑ってかかるわけです。すると、ユーザーとして使っているときは不満がなかったはずなのに、いろいろなものが見えてきます。ここからはプロであるデザイナーの視点に切り替わり、改善案や解決法を見つけ出す段階に。ユーザーとしての経験を一度ゼロにすることで、新しいデザイン、ひいては新しいライフスタイルの提案が生まれてくるんですね」
それでは、柴田さんの作品から、デザインとライフスタイルの関係について読み解いていこう。
誰もが体温が測りやすく、読みやすい体温計
機能を高めることから生まれたデザイン
一家に一つ、必ずある製品で、誰もがその形に疑いを持たなかったのが、体温計だ。
「体温計は<体温を測る>と<体温を読む>の2つの機能しか持っていませんから、この2つの機能を高めるには、どういうデザインが適切なのかを考えました」
その結果が、大きな液晶窓に体温を表示し、センサーのある先端を平らにする「けんおんくん」のデザインだった。
「水銀柱で測る体温計からデジタル式に変わったのに、体温計は長くて、細くて、軸の部分で体温を読み取るものだと、誰もが思いこんでいました。けれど、軸の部分に体温を表示すると、どうしても表示窓を小さくせざるをえませんし、左利きの人は持ち替えなければならなくて不便ですよね。また、先端が細く丸いと、隙間のできる子どもの脇では正確に測れません。こうした不便さはデザインで解決できるものだったんです」
コンビニでも販売されている「けんおんくん」。ユーザーは着々と増え、柴田さんの生み出したデザインが、多くの人に受け入れられつつある。 柴田さん自身、子どもの頃「脇にぎゅっとはさんで!」と母から言われ、痛さを感じて嫌だったという。ユーザーとしての経験と、「今、あるものの形を検証する」というプロの視点の両輪が、画期的なデザインを誕生させたのだ。
キッチンの中に違和感なく溶け込む
スタイリッシュな家電の先駆け
炊飯ジャーも必ず一家に1台あるプロダクト。けれど、使う人にとって「ほしい形」をおざなりにされてきた家電だ。
「着手したのは2001年で、ちょうどインテリアブームだったんです。そこで、インテリアになる炊飯ジャーのデザインを……という依頼だったのですが、さすがにインテリアにするには無理があると感じました。だってお客さまを招いたとき、テーブルにどかんと炊飯ジャーは置きませんよね(笑い)。でも、見られて恥ずかしいデザインではいけないので、キッチンにあっておかしくない炊飯ジャーとは何かを考えました。それは鍋やフライパンのようなキッチン用品に近いイメージではないか、と。この視点から生まれたのがZUTTOです」
垂直に立ち上がったシルバーのボディーに、丸みを持たせたトップ。料理好きの女性が好むフィスラーやクリスタルの鍋のイメージと重なる。
「普通の主婦の方が家電量販店で購入して、良い買い物ができた…と思えるようなデザインにしたかったんです。それには、デザインしすぎない感覚も大事。たとえばステンレスの立方体にしたら、すごくスタイリッシュにはなるけれど、炊飯ジャーがオブジェとして主張をし始めてしまいますよね。『素敵なキッチンね』と、ほめられるのはうれしいけれど、『あそこの炊飯ジャーは素敵だった』という記憶だけが残るのは逆効果ですから。また、IH炊飯ジャーの標準的な価格におさめることを、かなり意識しました」
ZUTTOの登場以来、一般家庭にすぐれたデザインの家電が定着してきている。台所用品のデザインに対する意識を高めた好事例だ。
当たり前に使っているものの形を疑ってみる。
ユーザーの選択肢を広げたIDカードホルダー
ここ数年で、持つ人が爆発的に増えたのがIDカードホルダー。けれども、企業からのおしきせで、やたらに派手な色のストラップだったり、質感がチープなビニール製だったりして、不満を感じている人も多いのではないだろうか。
「私自身、抵抗があったんですね。クライアントを訪問するときに、来客用として首からかけるのですが、せっかく洋服や髪型に気をつかったのに、カードホルダーが台無しにしてしまう。時たま使う私でさえそう思うのだから、時計や眼鏡と同じくらい使っている人は、違うデザインを求めているのではないかと考えたんです」
IDカードホルダーは首からかけるのが絶対条件。だから、IDeo SMOOTHSTYLE のストラップは、Vゾーンに影響が出ないように、細い素材を採用した。カード部分も、プラスチック感を極力おさえた仕上げにこだわった。
「IDカードホルダーは新しい日用品なので、かえってその形が当たり前だと思われがちだったのでしょう。けれど、他の選択肢を提案するのもデザイナーの仕事。ユーザーが気づかなかったことを、より喜びを感じる製品にしていくのがデザイナーなんですね」
常に、今あるものの形を「本当に、それでいいのだろうか?」と見つめ直す柴田さん。彼女のデザインは、いつの間にか、私たちの毎日の生活の中に溶け込んでいる。

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