「では、順番に課題を朗読していきましょう」
能楽を習うとなると、難しく考えてしまうかもしれない。けれど、お稽古をのぞいてみると、能の台本である「謡」で美しい古い日本語を声に出し、シテ(主人公)の舞いである「仕舞」で身体を動かし、総合的に演じる喜びにあふれているとわかる。
また、注目したいのは能楽の身体作法。「仕舞」の無駄のない動き、腹から発声する「謡」は、日本古来の身体の使い方の知恵がつまっている。若さやパワーに頼らない「どらく」読者世代にとって、絶好のエクササイズでもあるのだ。
梅若能楽学院は、東京都の認可を受けた、能楽では唯一の各種学校。1961年開校というだけあって、初心者でも十分に楽しめる指導法が確立されている。
お稽古は「謡」と「仕舞」の2部構成。お稽古のスタートは「謡」から入る。本日、冨岡さんが習うのは『巻絹』。熊野信仰の説話を題材にした謡曲で、都から巻絹を届ける使者と、神がかりになった音無天神の巫女(みこ)とのやりとりが見もの。冨岡さんが朗々と謡曲を読み上げる声が、教室に響く。空気がぴりっと引き締まった。
「その部分は、遠くに気持ちを飛ばすように読んでみましょう」「線が細い!頭をもっと大きな声にしましょう」。先生は手拍子で拍を取りながら、リズミカルに指導をしていく。音程が不安定なところは、先生が一緒になって読み上げる。まるでジャズセッションのようなライブ感にあふれていた。能楽教室初体験の記者は、もっと静的なお稽古を想像していたのだが、実際は違っていた。テンポの良さ、旋律の美しさやリズムなど、身体を動かすエクササイズとイメージが重なる。
もう一つ、「謡」のお稽古で学べるのは、古来育んできた日本人の美意識。『巻絹』で物語の鍵になるのは、使者が道中に読む和歌「音無にかつ咲きそむる梅の花 匂はざりせば誰か知るべき」だ。
「素晴らしい和歌を詠むことが、古くから日本では宗教的に一番の功徳となると考えられていました。『巻絹』では、身分の低い使者の詠んだ名歌から物語が大きく展開します。謡から様々な日本の文化に触れられるんですね」と、先生。
冨岡さんコメント
「謡」では、気持ちが自然に入って、いつのまにか五感を働かせて、物語の世界に入り込んでいる自分に気づかされます。今日は取材で浮ついている気持ちが出ちゃってましたね(笑い)。それぐらい演じる人の内面まで表れてしまうのが「謡」です。
いよいよ後半に入って「仕舞」のお稽古に。「仕舞」とは、シテ(主人公)の舞いを抜き出したお稽古で、いわば能楽のハイライト。立ち姿にせよ、滑るように動かす足さばきにせよ、「仕舞」での身体の動かし方は、古武術とも相通じるところが多い。こうした無駄に力を入れない動きは、体力や筋力維持に大いに応用できそう。
冨岡さんが本日おさらいしたのは、有名な『羽衣』。仕舞扇を天女の羽衣に見立てる動きが、舞のできを左右する
「構エ!」「サシ込み!」「胸を張って!」「左回り!」……。ここでも、小気味よく先生が声をかけていく。
「扇を光にあてるように、かかげてみましょう。天女の羽衣がきらきらと輝いている情景が浮かびますよ」と先生。わずかな角度の違い、動かし方で表現の幅がぐっと広がる。
現代劇と違って、舞台装置のない能舞台。それなのに、時空を超えた世界を表現する力に、ある意味、圧倒される。

冨岡さんコメント
「仕舞」こそ観るのではなく、演じてみて面白さを味わえるお稽古。『羽衣』は華やかで見せるシーンがたくさんあるので、やりがいのある演目です
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冨岡さんコメント
能の台本である「謡」は内容が面白いんです。独特の節回しに慣れてくると、「ああ、だからこういう読み方をするんだな……」と、いちいち納得。聞く人の目の前に情景が広がるように読みたいですね。