拝啓
お便りをうれしく拝見しました。こちら道東地方も日に日に秋が深まって、朝晩は冷え込むほどになりました。
「マイペース」をモットーに放牧酪農を続けているぼくには、今が一番楽しい季節です。越冬用の干し草作りで息つく暇もなかった夏の疲れを癒(いや)し、庭の草木に手をかけ、読書とお茶を楽しみ、遠来のお客さんたちと長話をしながら過ごしています。
ぼくの牧場は、日本列島の東の果て、知床半島の付け根にあたる中標津(なかしべつ)町にあります。地形は起伏に富んでいて、何キロもまっすぐに続く道路は、アップダウンするたび、風景が変化します。野生動物に出合うチャンスも多くて、車で走っている途中でも、エゾシカの家族が牧草地を歩いていたり、キタキツネが顔を出したり(事故にご注意!)。運がよければ上空にオジロワシやオオワシを見つけられることもあります。
ただ、農業には厳しい風土です。米や麦など、人が食べられる穀物はほとんど作れません。でも、牧草を家畜に食べさせて乳製品を生産することならできる。ヨーロッパの酪農地帯も同じですよね。ぼくは酪農というのは「恵まれない風土における農業」だと思っています。
現代の酪農は、牛たちに輸入穀物を与えたり、放牧せずに牛舎内で飼い続けたりと、今いる風土から逃れよう、逃れようとしているように見えます。けれどぼくは、風土が人間に課す制約を受け入れて、むしろ楽しむような酪農がいい。その中で日々、創意工夫を凝らすのが仕事の喜びだと思っています。
三友牧場の40頭の牛たちは、春から秋までずっと放牧して、夏草をたっぷり食べてのんびり過ごします。この「夏草のミルク」を使って妻が何カ月も丹精込めたチーズ――アルプス地方の「山岳チーズ」(ハード系)や、イタリアの「カチョカバロ」をモデルにしたチーズ、ぜひ試して欲しいな――は、正真正銘、ここ中標津の自然と風土の産物です。ヨーロッパの村々が数千年かけて築いてきたように、この土地に根ざしたチーズ文化をぼくらの牧場から発信できたら――。夫婦でそんな夢を描いています。
夢といえば、15年ほど前から、牧草畑の一部にもう何万本になるか、ミズナラやニレなど、昔この地域に生えていた木の苗を植え続けています。入植40年、もうじき自分の現役は終わりだろうけれど、いつかここが森に戻るようにと。「100年の夢」を持たないと人間、生きていけないものですから。
間もなく冬が到来します。それまでわずかですが、機会があれば酪農の風景を楽しみにお越し下さい。秋の澄んだ青空と道東の自然を堪能いただいたあとは、夜長をゆっくり語り明かしましょう。
敬具
2006年10月2日
三友牧場 三友盛行
平田ゆたかさま

朝の搾乳が終わった乳牛たちを放牧地まで連れて行くのが、ぼくの日課。簡単そうに見えますが、だれにでも出来るってもんじゃない。どうやったら牛が素直に動くか、長年の経験で培った技術が生きているんですよ
うちの若い牛たち、かわいいでしょう。ブラウン・スイスっていう品種です。日本ではほとんど飼われていないけれど、チーズに最適のミルクが搾れる。来年はこの子たちのチーズが出来ます。楽しみにしてください。

三友 盛行(みとも・もりゆき)
1945年、東京生まれ。1968年、妻の由美子さんと北海道標津郡中標津町に開拓入植し、三友牧場を開く。自家牧草を飼料の中心とした少頭数飼育での「マイペース酪農」を提唱・実践。97年、チーズ工房設立。著書に「マイペース酪農 風土に生かされた適正規模の実現」(農文協、2000)など。
三友牧場(チーズ工房)電話:0153-73-3986
平田ゆたか
1944年、香川県生まれ。1974年渡伊、国立ローマ・アカデミア入学。1982年、前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世に謁見、作品献上。同年ヴァチカン近代美術館に作品を所蔵される。2006年11月、西武池袋アートフォーラムにて個展開催予定。ローマ在住。

「航空書簡−ことばが紡(つむ)ぐ旅」は、道東にやってきた「どらく」編集長から筆を起こし、まずはローマ在住の平田ゆたかさんにあてて手紙を送りました。これから冬にかけて、イタリア、スペイン、パリの海外3地域と、北海道東や沖縄、宮崎、京都、飛騨高山など国内6都市で生き生きとくらす「どらく」なスペシャリストたちが、リレー方式で空を駆け巡る書簡をやりとりしていきます。書きしたためることばが紡いでいく遥かなる旅をお楽しみください。

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