拝啓
だんだんと陽が短くなり秋の深まりを感じています。イタリアは冬時間になり、時計を1時間巻き戻しました。京都はそろそろ紅葉のシーズンでしょうか。
日本へ帰国した際、何度か京都を訪れました。風情ある街並みは、イタリアの重厚な石の街並みを見慣れた目には大変新鮮で、強く心惹(ひ)かれたことを思い出します。京都を思い出すとき、きまってフィレンツェの光景を思い浮かべるのですが、それは、2つのまちがとても似ているところがあるからです。どちらも1つの時代に、しっかりとした都市計画のもとに築かれ、その国ならではの芸術が息づいています。鴨川周辺の風景とアルノ川周辺の風景も、実はとても似通っているんですよ。
茶の湯が生まれた京都はおいしい井戸水があると聞きました。イタリアの水は非常に石灰が強く、お茶には適していません。その代わり、イタリアには”カフェ”と呼ばれるイタリアン・コーヒーがあります。エスプレッソで一気に抽出するカフェは、非常に濃くて深い味わいが特徴で、この深みを出すには、逆にイタリアの硬水が不可欠なんです。カルシウム、マグネシウムを多く含んだ水で作るカフェは、イタリア人の毎日の生活にはなくてはならないもの。毎朝、バールのカウンターで濃いカフェをくいっと飲んでから、イタリアの1日が始ります。イタリア人にとって、カフェは1日の活力を与えてくれる大切な飲み物なんですね。
京都は日本酒も有名ですが、日本酒に良い水が必要なように、ワインにもまた、それに適した水が必要です。フィレンツェを中心とするトスカーナ地方のワイナリーには、キャンティやブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、モンテプルチャーノなど、名だたる赤ワインの産地が広がっています。ワイン好きの私も、幾度となくこの地方を訪れては、ルビー色をした宝石のようなワインの数々を味わってきましたが、聞いた話では、この芳潤なワインを作り出すブドウを育てるには、石灰が強い硬質の水が不可欠なのだとか。土地が変われば水が変り、そして銘酒も変わる、というわけですね。
芳潤なワインの香りと味に酔いしれるとき、「世界中どこにいても、その土地と水が作り出す銘酒を味わえる我々人間は、なんと幸せなのだろう」とつくづく感じます。
秋の夜長とともに、お酒が楽しみな季節がやってきました。ヨーロッパの晩秋は単色で、色とりどりの京都の秋から比べると一抹の寂しさがありますが、ワイン片手に更けゆく夜をゆったりと過ごすのはいいものです。京都の秋の夜は、どんな風に過ごされるのでしょうか? また近況などお知らせください。
敬具
2006年11月7日
平田ゆたか
福原左和子様

非常に濃いカフェ(エスプレッソ)は、砂糖をたくさん入れて飲むのが普通。カフェ通はガラスやカップの大きさなど、入れ物にも注文をつけてカフェを楽しみます。
イタリアの街角で必ず見かける「Bar=バール」。カウンターでカフェを立ち飲みするのがイタリア式。イタリア人の1日は、この1杯のカフェから始ります。

平田ゆたか
1944年、香川県生まれ。1974年渡伊、国立ローマ・アカデミア入学。1982年、前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世に謁見、作品献上。同年ヴァチカン近代美術館に作品を所蔵される。2006年11月22〜27日 西武池袋アートフォーラムにて個展開催。ローマ在住。
福原左和子
1961年、京都生まれ。幼少のころより叔母に手ほどきを受け、故秋月秋栄、野田弥生、故沢井忠夫氏らに師事。同志社大学経済学部卒業後、NHK邦楽技能者育成会31期卒業。演奏家としては、音楽大学出身ではない稀有(けう)な存在。日々、演奏活動にいそしんでいる。京都在住。

「航空書簡−ことばが紡(つむ)ぐ旅」は、道東にやってきた「どらく」編集長から筆を起こし、まずはローマ在住の平田ゆたかさんにあてて手紙を送りました。これから冬にかけて、イタリア、スペイン、パリの海外3地域と、北海道東や沖縄、宮崎、京都、飛騨高山など国内6都市で生き生きとくらす「どらく」なスペシャリストたちが、リレー方式で空を駆け巡る書簡をやりとりしていきます。書きしたためることばが紡いでいく遥かなる旅をお楽しみください。

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