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ことばが紡ぐ旅

航空書簡 from 田辺・南紀白浜 to パリ こだわりが生みだす名品、そして街並み

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拝啓

冬空の大阪から、まだ見ぬフランスにお便りさせていただきます。

私は今、大阪に暮していますが、冬の晴れ渡った空をみると、南紀・田辺の蜜柑(みかん)畑の鮮やかな風景が今も脳裏に甦(よみがえ)ってきます。

今日はその田辺を舞台にした映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」を制作したときのお話をさせていただこうと思います。

電器メーカーの販売促進部でOLとして働いていた時代から10年の構想期間をかけて、劇場映画「幸福のスイッチ」の撮影を行ったのは、今年の初め。田辺に足を運んだのは、その前年、撮影場所選びのロケハンをしたときのことでした。この物語は、「田舎町の電器屋を舞台にした家族の物語」。たったひとつの電球を取り替えに行ったり、数年前に購入してもらったマッサージ椅子を移動しにいったり。他人の家に上がり込むことの多い電器屋さんがつむぎだす人間関係を、生まれ育った関西圏内で撮りたいと考えたのです。

ロケ地の条件としてはずせなかったのが、「関西の田舎町」で「農村地帯」。各地を調べるうちに、和歌山生まれのプロデューサーから田辺の地名があがったのです。紀伊田辺駅界隈(かいわい)を歩き、海辺を歩き、そして舞台となった駅から車で20分ほどの上秋津を歩き。私がこだわった2つの条件が、まさにそこにありました。さらに映像と物語に豊かさ与えてくれたのが、鮮やかな色の蜜柑畑、早春に村を白く染める梅林、山の緑、そして日に何度も表情を変える海の景観。それまでロケハンをしてきた緑一色の地と違った彩りが田辺の風景にはあったんですね。

早春ともなれば、さして背の高くない梅の木に、ほんのり色づいた白い花がそれは見事に咲き乱れます。出演者みなさんのスケジュールを梅が満開になる季節に偶然押さえることができ、主人公の心の移り変わりに重ねるように、徐々にほころぶ梅の花を画面に収められたのは、作品の仕上がりにも大きく影響したと思います。

田辺に住む方々の人柄に触れたときにもまた、この地を選んで大正解だったと思いました。ロケ班隊が50人ほど押しかけても、「お疲れさま。蜜柑食べ」と差し出してくれる人たち。ロケの間じゅう、名産の蜜柑ジュースやシカ肉のカレー、ぜんざい、おにぎりなどの差し入れが相次ぎました。地域によっては鍵をかけない家も多いという、おおらかで人と人との間の垣根の低い暮らし。人の絆(きずな)を主題にした今回の映画にまさにピッタリの土地に出合えたことを、いまもうれしく思い返します。

日本人の心の原風景が残るこの地に、鈴木さまも足を運ばれる機会が訪れますように。きっと心安らぐ時間を過ごしていただけると思います。

敬具

2006年12月5日

安田真奈

鈴豆腐 鈴木昭様

田辺では年間通して70種類もの蜜柑が生産され、1年中、なにがしかの種類の蜜柑が実をつけています。早生温州、ポンカン、デコポン、甘夏などなど。秋津野には蜜柑をはじめ、蜜柑や梅の加工品の直売店「きてら」も。

紀伊半島の西海岸側、田辺湾の天神崎からの夕焼けショット。市街地からすぐのところで、こんな海辺の夕焼けが見られることからもわかるように、田辺には本当にたくさんの異なった顔の風景があるのです。

パリからの手紙
プロフィール

安田真奈

1970年、奈良県出身、大阪在住の映画監督・脚本家。94年、97年、98年、あきる野映画祭グランプリなど、各地映画祭で入賞。初の長篇映画「幸福のスイッチ」(出演:上野樹里、本上まなみ、沢田研二、ほか)が2007年3月まで全国各地で順次公開中。
公式HP:http://www.shiawase-switch.com/

鈴木昭

1942年、静岡県生まれ。1977年渡仏、退職後豆腐屋に転身。2004年、軟水(硬度4)、国産豆腐用大豆(100%)、天然ニガリ(100%)だけで作った無添加豆腐「鈴豆腐」を販売開始。パリの日本食材屋や和食レストランなどに出荷している。ボワダルシー在住。

「航空書簡−ことばが紡(つむ)ぐ旅」は、道東にやってきた「どらく」編集長から筆を起こし、まずはローマ在住の平田ゆたかさんにあてて手紙を送りました。これから冬にかけて、イタリア、スペイン、パリの海外3地域と、北海道東や沖縄、宮崎、京都、飛騨高山など国内6都市で生き生きとくらす「どらく」なスペシャリストたちが、リレー方式で空を駆け巡る書簡をやりとりしていきます。書きしたためることばが紡いでいく遥かなる旅をお楽しみください。

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