拝啓
年の瀬も押し迫ってきましたが、いかがお過ごしでいらっしゃいますか? パリのクリスマスはとても街並みが美しいと聞き及び、一度は訪れてみたいと願っております。
ふらりと出かけるひとり旅が好きで、用事ついでに出向いた先から温泉などに足を延ばすことがよくあります。映画監督・脚本家という仕事柄も手伝ってか、どこに行っても風景だけでなく、その土地の人や生活習慣、風習などに興味がいってしまいます。今秋、劇場公開した「幸福(しあわせ)のスイッチ」は和歌山の田辺で撮影しましたが、田辺の方々の言葉がとても耳に心地いいのが印象的でした。同じ関西弁でも、大阪よりもしゃべるテンポがゆっくり。「やにこう(すごく)」「なっとうした(どうした)」「もじけた(壊れた)」など、田辺近辺だけで使われている、なんとなく味のある方言がいくつもあります。
紀伊田辺や南紀白浜かいわいは、風景の見どころもたくさんありますが、旅人の心を惹(ひ)きつけるのはそこに住む方々の人柄や土地柄によるところが多いと思います。撮影や準備などのため田辺に滞在した期間は約1カ月。撮影でお騒がせすると、トラブルも発生しがちですが、田辺の方々はとても温かく迎えてくださいました。撮影現場を通りかかったおじさんたちが主演女優さんに、「今日の調子はどないやー」と声をかけたり。「知ってるおっちゃんかい!」とツッコミを入れてみたいような空気が流れていて。人とのちょっとした交流が気持ちをリフレッシュさせてくれて、また次の日が気持ちよく迎えられるような環境でした。
田辺は初めていっても懐かしさを覚える場所。繁華街から少し入れば街明かりも少なく、海を茜(あかね)色に染める夕暮れの後やってくる夜は、澄み渡った空にたくさんの星。熊野古道を含む田辺市の観光パンフレットには「癒しの地」という言葉が使われていますが、この言葉を1カ月の滞在を通して、何度も実感しました。田辺はIターンやUターンの方々も多いと聞きますが、人も気候も温暖なこの「癒しの地」は、人を惹きつけてやまないところがきっとあるのでしょうね。
南紀白浜はかつて、新婚旅行先として大人気ともいわれましたが、実は私も新婚旅行は南紀白浜でした。昨今は新婚旅行で行く人は少なくなりましたが、「シブイやろ」と友人たちには話しています。今回の田辺は撮影だったので、ゆっくりと海の幸を味わう時間がありませんでしたが、また、田辺・南紀白浜に足を延ばして、次はたっぷりと味わいたいと思っています。
敬具
2006年12月12日
大阪にて 安田真奈
鈴豆腐 鈴木昭さま

メインのロケ地に選んだのは、紀伊田辺駅から内陸に車で20分ほど入った上秋津の町。ここの空き店舗を利用して、舞台となる電器屋さん「イナデン」に改装しました。地元の人は「なんにもない田舎になに撮りにきたん?」。いやいや、「蜜柑(みかん)もあって、梅もあって、素朴できれいやし、海も近ければ、山も近くて、田園もあって。いいところじゃないですか!」。
視察で田辺に足を運んだのは、ちょうど梅干し用の梅を天日干しにしている時期でした。梅農家のハウスには梅の実がズラリ。肉厚の梅に生つばゴックンです。

安田真奈
1970年、奈良県出身、大阪在住の映画監督・脚本家。94年、97年、98年、あきる野映画祭グランプリなど、各地映画祭で入賞。初の長篇映画「幸福のスイッチ」(出演:上野樹里、本上まなみ、沢田研二、ほか)が2007年3月まで全国各地で順次公開中。
公式HP:http://www.shiawase-switch.com/
鈴木昭
1942年、静岡県生まれ。1977年渡仏、退職後豆腐屋に転身。2004年、軟水(硬度4)、国産豆腐用大豆(100%)、天然ニガリ(100%)だけで作った無添加豆腐「鈴豆腐」を販売開始。パリの日本食材屋や和食レストランなどに出荷している。ボワダルシー在住。


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