拝啓
山々が緑や花で彩られる心躍る季節が近づいてきました。
「処女峰」「処女雪」などと、山はしばしば女性にたとえられますが、ヨーロッパアルプスの名峰は女性とは限りません。アイガーは男性の名、ユングフラウは乙女、メンヒとはお坊さんの意味。ですから地元では、並び立つ三山の様子を結婚式にたとえたり、あるいは「恋する二人を坊主が邪魔している」などと冗談で言うこともあります。
私がこれらの山容をはじめて目の当たりにし、メンヒ、そしてマッターホルンへと向かったのは、1967年のことでした。
山登りというだけでは海外に行けなかったあの時代、「高所登山時における人体の生理学的研究」というテーマをかかげ肩ひじはってのぞんだ山行でしたが、着いてみると驚くことばかり。
まず、山がきれいでした。写真でしか知らなかったユングフラウの白さ、アイガーのダークな灰色のコントラストのすばらしさ。山岳部の担当教授から「山は大きく見えてもだめ、小さく見えてもだめ」と教えられていたのですが、そのときの私の目にはアイガーもユングフラウも「ちょうどいい大きさ」に映り、「よし、登ろう」と心に決めたことを覚えています。
もうひとつの驚きは、山中に人がたくさんいたことです。むしろ登山者は少なく、草原に、森林に、湖にさまざまな人がいます。2、3歳の子供もいれば、おばあさんがステッキをついて氷河の上を堂々と歩いていたり。
当時の日本は、世界に追いつけ、追い越せの時代。山登りや、テント生活をしながら山を楽しむような文化は否定されていた感があります。しかしヨーロッパの人々は、産業革命が起こり、暮らしが自然と切り離されたころから、自然と密着し自分らしさをとりもどす大切さを感じていたように見えます。ワンダーフォーゲルの原形を生み出したドイツ人、バカンス法を制定したフランス人……。そんなヨーロッパの人びとと交流しながら過ごしたテント生活はカルチャーショックとともに楽しい思い出がいっぱいです。今度、お話する機会があるといいのですが。
初の山行から40年たった今、風景は多少なりとも変わり、山には氷河が減りました。私は「気象の凶暴化」と呼んでいますが、世界各地で気象の変動が以前より激しくなっています。今年1月、南極にしばらく滞在したときは、南極は世界各地にくらべたらまだまだ変動を支える力を持っているように感じられましたが、あと数十年したら、落石で登れなくなったアルプスを前に「おばあちゃんたちはあの山に登れたんだよ」と孫たちに話すような時代が来るのかもしれません。
日本は世界の中でも有数の自然に恵まれた国です。舞の海さんの故郷・津軽の桜はどんな風景でしょうか。近況、お聞かせください。
敬具
2006年3月9日
今井通子
舞の海さま

69年、アイガーを登攀(とうはん)したときの1枚が、現地で絵はがきになっていました。このときの装備はいまだにミューレンで展示されているんですよ。
朝のマッターホルンです。夕暮れにはまた、別の美しさがあります。

今井通子
1942年東京都生まれ、1966年東京女子医科大学卒業。1967年女性パーティとして世界で初めてヨーロッパアルプス・マッターホルン北壁に登頂後、69年アイガー北壁、71年グランドジョラス北壁と女性初のヨーロッパ三大北壁完登者となる。現在も東京女子医大で診察を続けながら環境問題の研究を続けるなど多方面で活躍中。著書に「あなたと歩く世界の名峰」など多数。2007年1月、南極極観測50周年記念として毛利衛さん、立松和平さんとともに昭和基地などを視察滞在。


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