篝火舎心亭宗匠が傾ける幅広いうんちくは、ことばあそびに近い話から遠い話まで広がります。第2回は「不自由のなかの自由」です。
江戸時代、源氏は良い方、平氏は悪い方、という大前提がまずあって、芝居や物語は作られました。
それはなぜかというと、徳川家が源氏にゆかりがあったからです。1603年、徳川家康は征夷大将軍に任ぜられますが、このときの宣下(せんげ)に、「淳和(じんな)奨学両院の別当、源氏の氏の長者、牛車、(ぎっしゃ)随身、兵仗(へいじょう)の参内、これを許す」とあります。
源氏の氏の長者、ということは源家の統領という意味です。征夷大将軍は源氏の統領であることが条件でした。はたして徳川家康が源氏の出だったかどうか、おそらくそうだったのでしょう。少なくとも建前は源氏の長でなければなりません。
だから、「平家物語」や「義経記(ぎけいき)」などを歌舞伎で上演するとき、源氏が良い方でないと興行停止をくらって大損害になる。物語を面白くするには、たまには平家を良い方にしたくなったりもするわけですが、実は…、実は…と、必ず最後にどんでん返しになるんです。これを「もどり」といいます。
「もどり」の概念は作劇術の基本の一つでした。創作活動としては無限の可能性があるのに、それができない。源氏が良い方でなくてはいけないのは、不自由な枠ですよ。その枠のなかで関係者は最大限の自由を発揮しようとした。観客もまたそれを喜んだのです。 ということは、江戸の庶民は全員が源氏贔屓(びいき)です。その範囲内で芝居や物語を楽しんだ。判官贔屓のベースもそこにあります。
お茶席は不自由の権化みたいなものでしょう。そのなかでどう楽しむか。
たとえば、手水鉢で手を洗い、待合いで待っていると、今日使われるお道具が書かれた小色紙がさりげなく置いてある。それは、亭主が今日使う道具類を書き出しておいて、待合いに忘れたことになっているんだそうですね。お客はそれを読んで、にじり口からお茶室に入ります。そしてお道具を拝見しますが、さっき読んでいるから知っている。 にもかかわらず聞くんです。亭主はお客に恥をかかせてはいけないから、使う道具を書いて、それを置き忘れたことにしてある。おたがいやせ我慢の世界。それがお茶のなかの遊び心じゃないでしょうか。
茶の心は何か、礼儀とは何かというと、人に恥をかかせないこと、と聞いて、なるほどと思ったことがあります。主客が茶席に入り亭主が出てくるときに、板の間がウグイス張りじゃないけれど音がして、人が来た気配がわかるようにしてあるとか。戸の開け閉めは最後に音を立てなくてはいけないとか。飲み終わるのもズルっと音をたてる、というでしょう。それはお茶席にいる人全員が作法にかなった行動ができる合図になっている。そのための作法なんですね。
お茶席の不自由さは、ルールが決まっているからその通りにすればよい便利さ、ともいえますし、それをやせ我慢の世界という人もいるでしょうね。
「不自由の中の自由」は遊びを成立させる基本です。ある一定の枠がないと、遊びではなくケンカになってしまう。節度と規則をお互いに守ることを通じて、その中で最大限の自由を発揮する、それが遊びです。
ことばあそびの世界でも、何も題がなくて、さあ作れといわれるよりは、前句があって次の句を作る方が作りやすいし、ルール、私たちのいう「縛り」が決まっていると、それを外さないように作ればいいわけです。
たとえば【風流ことばあそび塾】の兼題に洒落附や地口附など、ことばをもじる遊びがあります。そのときに私は「表が立っていなくてはいけない」と申しますが、これは、できた作品が、字面で読んで意味不明ではいけない、ということです。当然のルールですね。
ところが、何を言っているかわからないもの、私たちがよくいう「入れない」お作が案外ある。それは、題に引きずられていることが多いようです。題をうまく解決しようとして、独りよがりになってしまう。自分だけはわかるけれど、他の人には何のことやらさっぱり…、というケースです。
そのときに、どうしたら意味の通じるものになるだろう、とあれこれ考えるのが遊びです。音の響きが似たことばをいろいろ出して、舌の上でころがしてみたり、元句を変えてみたり。そうしているうちに、ピタッと来るものができることがあって、その楽しさは格別です。といっても、自慢句が高点をとれるとは限らないから、また面白いのですが。
ともあれ、ある程度の枠があって、その制約のなかで一所懸命自由な発想をする。古今集や俳諧を生んだ日本人は、この面で長けていると思いますよ。
(更新日:2006年10月11日)
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