篝火舎心亭宗匠のうんちく話、今回は「かたとかたち」をお届けしましょう。
「かた」と「かたち」の端的な例をあげると、「かた」は伊勢神宮、「かたち」はピラミッド。「かた」は永遠だけれど「かたち」は壊れてしまう、と私は考えています。
ピラミッドを作った古代エジプト人は、できる限り永続性のある「かたち」を作ろうとしたに違いありません。ところが長い間自然の力にさらされて、風化してしまった。
一方、伊勢神宮は「かた」を持っていますから、1300年もの間、新しい状態です。
この「かた」というのは「式年遷宮(しきねんせんぐう)」のことです。伊勢神宮には、20年に一度、新しいお宮を造って神さまにお遷(うつ)りを願うという制度、システムがあります。式年とは定められた年ということですね。
伊勢神宮の内宮(ないくう)、外宮(げくう)、それぞれ東と西に同じ広さの敷地があって、20年ごとに同じ形の社殿を新しく造りかえる。そのための木を育てることから木挽(び)きにはじまって、解体、新築、そしてお守り札としての古材の利用まで、寸分すきのないプログラムになっています。もちろん必要となる宝物類まで、すべて新調されます。
次は平成25年といいますから7年後に62回目の遷宮が予定されていますが、「かたちあるものは必ず滅す」ことを前提として、はじめから20年間で新築すると決めている。しかもこれを制度としてマニュアル化し、重要な儀式にまで昇華しつくしている。だからこそ、千年以上も前の古式が連綿と伝わる。このシステムを私は「かた」と考えているわけですけれども、重要なことは20年というサイクルの中で、関係者の親子孫三代が同時にこの再生の儀式にかかわって、精神と技術を伝承していく。したがって絶えません。すごいことです。
このようなシステムとしての「かた」は、江戸時代にもあります。
江戸の街は、10年に1度は大火に見舞われました。間が悪ければ、焼け跡に新しい家を建てている最中にまた火事になる、というようなこともしばしば起きたらしいですね。 そこで、江戸の街づくりは火事を前提として計画され、人びともまたこの災難を切り抜ける対応策を考えました。
たとえば、大店(おおだな)では江戸近郊にいくつかの別荘をもっていて、いざというときの生活の拠点を確保していました。ふだんは、たいせつなお客の接待とか、家族、従業員の寮としても利用するのですが、同時に出入りの大工が寝泊まりして、普請のための下ごしらえをする「切り込み場」でもあったというのです。しかもここで刻まれる木材は、今の用ではなく、この次の災害のときのためのものだった、というのですから驚きです。
江戸の大店には、こうした非常時のマニュアルを家訓としているところも多い。これも、「かた」でしょう。
「かたち」は物理的に空間を占めているもの。「かた」は抽象的なもの、ともいえますが、「かた」にも物理的なものがないわけではありません。
江戸時代の出版社である書肆(しょし)は、燃えやすい版木の保存に苦労したそうです。版木さえ残っていれば商品である出版物そのものを失っても、再び版木に手を入れて印刷すれば、容易に営業の再開ができます。つまり「かた」を残しているのと同じことです。
「かた」が残っていれば、「かたち」を再現できる。元になるものがあればどうにかなる。意識としても精神的な内容にしても「かた」が残っているから再現できるのです。
かたとかたち。西洋では永遠のものを造ろうとしますが、日本人は「かたちあるものは必ず滅びる。自然にはとてもかなわない」と思っています。西洋人は自然を克服しようとし、日本人は自然に帰依するということです。この精神構造が、独特のかたを創りだしたのではないでしょうか。
(更新日:2007年01月10日)
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